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第5話 清彦君が綾乃の事を貰ってくれると嬉しいな

【早見理恵──視点】


「はい。今、初稿をオンラインストレージに上げました。はい、はい。じゃあ、確認と指摘箇所のフィードバックお願いします。いつも遅くなってしまい申し訳有りません。でも、いいネタが入って筆が乗ったので内容は期待しておいてください。それではお疲れ様で~す」


 ペコペコ頭を下げながら、スマホの通話を終える。


「ん~! 今回の修羅場はヤバかった。結局、担当編集さんが朝出社する時間ギリギリの時間までかかっちゃった」


 今日はよく晴れていて、徹夜明けの目に朝日が目に沁みるわ。

 あと、ちょっとカサついたお肌に……。


 もう若くないんだから、本当は徹夜なんてすると身体に響くお年頃な自分にちょっとガッカリする。


「でも、今回の徹夜は充実感があるのよね」


 そう言いながら、私は目を細める。


 昨晩は、愛娘の綾乃が高校に入学した日だ。


 母親の私は仕事が修羅場って入学式に行けなかったんだけど、綾乃にとっては特別な1日になったようで、これからの高校生活に胸を膨らませているようだった。


 ──いいな~。男の子と一緒の高校生活。青春だな~。


 男の子も通っている共学校というのは、偏差値がトップクラスに高く、とても私では逆立ちしても入学なんて叶わなかった。


 でも、トンビが鷹を産んだじゃないけど、娘の綾乃は幼少期から、私に似ないでとても成績優秀な子だった。


 元々頭が良いのに努力も怠らず、いつも夜遅くまで勉強していた。

 その原動力は、近所に住んでいる幼馴染の同い年の男の子の清彦君がいたからだ。


 男の子が近所に住んでいて、幼い頃から親交があるというのは、男女比が1:99な今の社会では望外の幸運だ。


 私も、実はその恩恵を受けていた。

 リアルの男の子を間近に見れるというのは、本来は母親でないと無理だ。


 でも、清彦君の家は少し特殊で、男の子にしてはかなり放任気味に育てられていた。


 公園で娘の綾乃を遊ばせておいて、育児と仕事に疲れていた私がベンチで寝ていたら、『お友達と仲良くなったの~』と言って綾乃が清彦君を連れてきた時には本当にビックリした。


 その後、ありがたいことに 清彦君は懐いてくれて、我が家にもよく遊びに来てくれていた。


 男の子のリアルな生態は、私の仕事にも着実に良い影響を与えていた。


 実は私の仕事はラブコメの小説家だ。

 女の子が、素敵な男の子と愛を育む砂糖を吐くような甘いラブコメが代表作。


『理恵先生の書くラブコメって、現実離れした設定や舞台ですけど、どこかリアリティも感じられて不思議なんですよね』


『男の子も、ただのモテない女の妄想の存在じゃなくて、そこに生きてるって実感させられます』


『先生って、男の子の解像度高いですね』


 というのが、読者や担当編集さんの私のラブコメ小説への評で、故に、ありがたいことに作者の私に一定のファンがついている。



 ──でも、ゴメンみんな……。実は私が書く男の子ってモデルがいるの。



 言うまでもなく、私の小説に出てくる男の子のモデルは清彦君だ。


 神秘のヴェールに包まれた男の子という生き物を、私は間近で見てきた。


 だが、待って欲しい。

 私は決して、犯罪者ではない。


 清彦君には指1本触れていない。


 私は、ただ娘と一緒に遊んだり、会話している清彦君をガン見し、聞き耳を立てているだけだ。


 ま、まぁ、そのせいなのか、清彦君が思春期の中学生になった頃には私の事をあからさまに避けるようになったんだけどね……。


 でも、綾乃の話を聞くに、清彦君も高校生になってグッと大人びたようだ。


 ──このまま、清彦君が綾乃の事を貰ってくれると嬉しいな。そしたら私は、名実ともに清彦君のお義母さんに……フヘヘッ。


 そんな明るい未来への妄想が捗り、昨晩の修羅場では危うく原稿を落としかけたけど、私の気分は晴れやかだ。


「さて、寝よっと」


 これから社会は活動を開始しようかという朝の時間だけど、こうやって自由に寝る時間を決められるのが個人事業主の特権だ。

 〆切がヤバい場合はそもそも寝られないという現実には目を背け、今だけは特権階級気取りで私はベッドの中へ潜り込んだ。




(ピンポ~ンッ♪)



 ──ん? 何だろ……。宅配業者なら置き配を指定してるのに。



(ピンポ~ンッ♪)



「あ~、もうっ! 寝入りばなに……」


 再度、鳴らされたインターホンに悪態をつきながら、とっとと終わらせようと私はドアホンも確認せずに直接玄関へ向かった。


「はい、何ですか? 世の中には、これから寝る人もいるんだから、そこの所気を付けて……」


 玄関扉を開けた開口一番に、イライラしながら嫌味の一つでもぶつけてやろうと思った私の言葉は、尻切れトンボに終わった。


 私の目の前に、深紅のバラの花束が向いていたからだ。


「おはようございます理恵さん。今日は、ボクとデートしてくださいませんか?」


 玄関前で、片膝をつき跪いた男性が花束を掲げて懇願してくる。


 ──え……? ……え? ナニコレ……。


『妄想だとしても、ちょっと現実感無さすぎですね』


 そう言われて、担当編集さんからボツにされた、王子様みたいな男性が自分に(かしず)くシーンを現実に目の当たりにしながら、しばらく時が止まった。

「始まったな……」

「ああ……」


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