第33話 このマザコンが!
「で、何だよ慶喜。わざわざ授業をサボらせて」
午後の授業の開始のチャイムを背中に、人気のない階段下のスペースに連れ込まれた俺は、連行した慶喜に訊ねた。
「……うるせぇよ大将。俺は午前の授業もサボってるんだよ」
「いや、それは俺に関係な」
「大ありだから言ってんだよ!」
慶喜の剣幕に、俺も思わず背筋が伸びる。
「今朝、早見から電話が来たんだ。泣きながらな」
「綾乃から? いつの間にか仲良くなってたのか?」
「ああ。一方的に伝えておいてよかったよ。遅かれ早かれ、こうなると思ってたからな」
溜息をつきながら慶喜が大きくため息をつく。
「で、綾乃はどうしたんだ?」
「……心当たりはあるんじゃねぇのか大将?」
心配する俺に、ジトっとした目を向けてくる慶喜。
それにより繋がる、週末のテニスの新人戦での綾乃のおかしな様子。
「まさか……理恵さんと俺の仲が綾乃にバレたか?」
「そうだよ。おかげで、俺は早見から泣きながら人生相談を受ける羽目になったんだよ」
うーむ……。
俺の予定では、まだ綾乃には理恵さんとの仲は隠しておくフェーズのつもりだったんだが、どこかでポカがあったか。
俺も浮かれていたな。
迂闊。
「まぁ、遅かれ早かれだったからな。綾乃は今どこにいる?」
「って、待て待て大将。何する気だ?」
「何って。綾乃に、理恵さんとお付き合いしてるよって言うだけだが」
ことが露呈している以上、ここで変に取り繕うのは悪手だ。
まぁ、幼馴染と自分の母親が恋仲というのは、娘の立場からしたら中々に衝撃の事実だとは思うが。
「それじゃダメなんだよ! お前、早見のこと、バッサリ振る気だろ!?」
「そうだが。それが一番だろ」
その気も無いのに引っ張る必要は無い。
そうやってサバッと介錯した方が、結果的には本人のためになる。
俺も、中身はいい年の大人なんだから、そうやって嫌われ役を買って出るくらいの経験はあるし。
「それは絶対ダメなんだよ! これは世界平和のためなんだよ!」
「世界平和? 意味が分からん」
そもそも、慶喜はなんでこんなに慌ててるんだ?
どうやら、陰で綾乃の相談に乗ったりして親しくしていた様子だが、まだ入学して1か月も経っていない頃なのに、何をそんな必死になって。
「あ~~、やっぱ大将は、転生者だけど、ここがゲームの世界って知らない口かよ……」
うぇ!?
「て、て、転生者? 何のことだか~」
「今更、そういう取り繕い要らねぇんだよ大将」
何で、慶喜がその事を⁉
たしかに、この男女比1:99の貞操逆転世界にしては俺は愛想のいい男を演じてきたが、そこまで逸脱した行動は取っていなかった。
せいぜいが、ちょっとママが好きなだけで。
「憶えてるか? 大将と下の名前の話題になった時、『最後の征夷大将軍と同じ名前の癖に、そっちが大将呼びかよ』って」
「あ、ああ……。それがどうしたってんだよ」
何も不自然なことは……。
「……こっちの世界の日本史では違うんだよ。徳川最後の将軍は……っていうか、初代から第十五代まで全て、こっちの世界では女が将軍だ。慶喜なんて名前の将軍は居やしない」
「──っ⁉」
そ、そうか……。
そんな所に罠があったとは……。
男女比1:99の世界に転生して来て日が浅い俺では気づけなかったか。
でも、そうするとおかしな話になってくる。
じゃあ、何で慶喜は……。
「そして、俺も転生者だ」
「やっぱり、慶喜もなのか! 男女比1:1の世界からの」
「そうだよ。俺も大将も、男女比1:99貞操逆転ギャルゲー『月詠学園』にキャラとして迷い込んでるんだよ」
「お前も転生者⁉ ちなみにこっちの俺は、入学式からの記憶しかないんだけど」
「それは俺も同じ。で、大将が主人公で、俺がその男友達ポジションのキャラだ」
「そうなんか。ただ、俺は慶喜の言う通り、月詠学園なんてゲームは知らないんだよな」
別にママキャラを攻略できると評判のギャルゲーじゃなければ、俺がプレイすることは無かった訳だし。
「だから、こんな正規ルートから外れてたんだな……。いきなりヒロインのママキャラを攻略しやがって……。そんなルート、ゲームに無いってのに……」
「いや、そこはほら……俺も別の世界に転生してはしゃいでいたっていうか……」
なんだろ、この感じ。
何か知らんが恥ずかしい。
「それで、ここからが本題だ大将」
「前から思ってたが、その大将って呼び方、どうにかならんのか?」
「うっせぇ! これはゲームでの慶喜の主人公の呼び方なんだよ! こっちがゲームのノリに合わせてるのに、肝心の主人公のお前が好き勝手に動きやがって!」
「な……なんかゴメン」
「俺の、ゲームのネームドヒロイン以外のキャラとハーレムを築く計画が台無しだよ!」
いや、お前も好き勝手しようとしてたってことじゃん。
こんなん、どっちもどっちだろ。
「話が逸れた……。で、早見綾乃ルートだが、恐らくはBADエンディングルートに入ってしまっている可能性が高い」
「BADエンディングって?」
「早見が、反男性テロリストグループを組織するルートだ。10年後に男性だけ死滅するウイルスを世界にばら撒いて、世界は滅亡する」
「はぁ⁉ なんだ、そのバカげた結末は! これ、ギャルゲーなんだろ!?」
なんで、たかが高校での恋愛模様が世界情勢に影響を与えるんだよ⁉
「この月詠学園は、世界でも有数の俊英が集まっている。そんな彼女たちが、男性への想いを反転させたら、恐ろしいカタストロフィが起こるんだよ」
「ええ……」
たかが、青春時代に一回や二回失恋したくらいで、世界を憎むとか世界を壊してしまおうとか中二病かよ⁉
「とにかく! 色んな意味でバッドエンドからは抜け出さなきゃいけないんだ! でないと10年後には俺も大将も終わりだ!」
「そんなのイヤだ! 折角、ママと楽しく過ごせる世界に来れたのに、10年ぽっちでこの世界が終わっちまうなんて!」
「そもそも、大将のせいなんだよ! 幼馴染の早見なんて、基本安牌の初心者ご用達ヒロインなのに、初手でいきなりゲームにないルートに進みやがって! なんだよ、ヒロインの母親と付き合いだすって。このマザコンが!」
「あ? 聞き捨てならねぇな。俺は全てのママ達を愛しているが、ただママに甘えてる訳じゃ……って、待てよ。綾乃が真実を知ったって言うなら、理恵さんが危ない!」
ゲーム転生だ、世界が滅ぶだの荒唐無稽な話を聞いていて、すっかり気が逸れてしまっていたが、俺は重要な事を思いだした。
そう思い至った俺は、慶喜の静止を振り切り、夢中で学校外へ走り出していた。




