第32話 でも私と佐野は教師と生徒で……
「さ~て。昼休みか」
4限目のチャイムが鳴って、俺は授業で使うノートや教科書タブレットを机に仕舞う。
「ねぇ、佐野君。今日、お昼一緒にどうかな?」
「私、今日はマフィンとクッキー焼いて来たんだ」
「私はデザートのクラシックプリン冷やして持ってきたの」
そしてお決まりの、ランチへのお誘い。
で、ここで統括本部長ばりに場を仕切る綾乃が割り込んで来てバチバチが始まるので恒例行事だが、今日は綾乃は休みのために不在だ。
まぁ、昨日はテニスの新人戦で疲れてたみたいだからな。
結局、綾乃は新人戦優勝。
だが、他の部員たち曰く、いつもとはどこか精彩を欠いたプレイで、ミスが多いと応援席でこぼしたいたっけ。
多分、昨日の時点で体調が悪かったのだろう。
「ごめん。今日は部活のランチミーティングがあるからさ」
「そっか……」
「残念……」
俺の返事に、あからさまにしょげかえるクラスの女の子達。
「あ、でもランチ持ってきてないから、ちょっとだけお裾分けしてもらえると嬉しい」
「じゃ、じゃあ私のBLTサンドイッチを!」
「イクラおにぎりを!」
「温かいクラムチャウダー! 保温ジャーポットごと持って行って!」
おおう……。
皆、積極的だな。
クラスメイトの女子なんて、15、6歳だから、俺のストライクゾーンからは大外しもいい所な訳だが、最低限のコミュニケーションは取らないとな。
最近、ようやくこの世界での男子の価値という物を俺も分かって来たからな。
無視するより、こうやって、少しワガママに振る舞うくらいの方が女の子は喜ぶのだ。
そんな事を思いながら、俺は持ちきれないほどのランチボックスを抱えて、部室へ向かうのであった。
◇◇◇◆◇◇◇
「ええと。web会議の招待状を送ってと。あ、もう招待リクエスト来た。あーあー、聴こえますか萌花ちゃん?」
『はい。ちゃんと聴こえてます、佐野先輩』
今日は、web会議で週末のライドへ向けた打合せだ。
「昼休みにゴメンね萌花ちゃん。大丈夫だった?」
『大丈夫です。私みたいな不登校児は、カウンセリングルームみたいな場所が使い放題なんで』
「そっか。学校行けてるの凄いね」
『エヘヘッ』
サイクリング部の部室にある大画面モニターに映る萌花ちゃんが照れ笑いを浮かべる。
「制服かわいいね」
『あ、ありがとうございます……佐野先輩に褒められて嬉しいです』
中学のセーラー服姿の萌花ちゃんがモジモジ恥ずかしそうにする。
「じゃあ、昼休みの時間だしランチ食べながらミーティング始めよっか」
そう言いながら、俺はwebカメラの前でランチボックスを広げる。
『……佐野先輩、随分とたくさんお弁当がありますね』
「うん。クラスの女の子から色々と持たされてさ」
『ふーん……。やっぱり佐野先輩ってモテるんですね』
苦笑いしている俺に対し、ふくれっ面な萌花ちゃん。
「まぁまぁかな。で、次の週末サイクリングの実施計画についてだけど」
『むぅ~。軽くあしらって。っていうか、もう一つ気になってるんですけど』
「なに?」
『何か、佐野先輩とママ、距離近くないですか?』
さっさと本筋に進みたいのに、萌花ちゃんの追及が止まらない。
この子、中学生の割にはやっぱり色々と聡いな……。
「そ、それはその……」
「webカメラの同じ画面に映るには仕方ないんだよ萌花ちゃん」
隣に座る桜山先生が画面の向こう側に居る娘に対してしどろもどろになる中、俺が笑いながら代わって弁明する。
『むぅ……。私も学校で佐野先輩とお弁当、一緒に食べたい』
「アハハッ。来年、になったらね」
『え?』
「来年、うちの学校来るんでしょ? 頼んだよ。次期部長」
『は、はい!』
「んじゃ、次期部長。週末のライド計画案を」
『はい! 資料は先にスケジュール添付で送った通りで』
その後、萌花ちゃんは鼻息荒く用意した資料のプレゼンをするのであった。
◇◇◇◆◇◇◇
「じゃあ、週末のライド計画は概ね萌花ちゃんの案で」
『はい。ランチミーティングで指摘された事項について直したものを、後ほど、完成版として送ります』
「うん、よろしく。それじゃあね萌花ちゃん」
『あ……。もう、終わりですか?』
名残惜しそうに、萌花ちゃんが寂しそうな顔をする。
萌花ちゃんが超中学生レベルに有能なので、ランチミーティングが早めに終わってしまった弊害だ。
「うん。萌花ちゃんも午後の授業の準備とかあるでしょ?」
『そうですけど、そんなのサボって、もっと佐野先輩との時間を……』
「こらこら、ママの前でそんな事言っちゃダメだぞ萌花ちゃん」
まったく、この頃の歳の子は自分の欲求に真っすぐだな。
綾乃もそうだけど。
『佐野先輩が言うなら……分かりました。あ、あと……最後にママ……』
「ん? どうした萌花」
『お弁当美味しかった。じゃあね』
そう言って、萌花ちゃんがweb会議室から退室した。
「……ありがとう佐野」
「ん、何がです? 桜山先生」
webカメラを片付けながら、俺は桜山先生の方を見ずに質問で返した。
「萌花のことだよ。あんな風に、外に出れるようになったのは、佐野のおかげだ」
そう言って、桜山先生は頭を下げた。
「違いますよ。俺はきっかけを与えただけで、一歩を踏み出す勇気を出したのは萌花ちゃんです。だから、萌花ちゃんをいっぱい褒めてあげてください」
「ああ……。ああ、そうだな」
涙ぐむ桜山先生。
よしよし。
これで、桜山先生を取り巻く問題は概ね解決だ。
そして肩の荷が下りたら……。
「それでだな、佐野……」
「ん? なんです?」
「この間、イチゴ狩りで言っていた事だが……」
──ん? ああ、今度は2人で会いたいって俺が言った話か。
目の前にいる桜山先生が、モジモジと期待したような眼差しをこちらに向けてくる。
「ふむ……。悩ましいですね」
「え……。それって、私とは……。そ、そうだよな……。どうせなら若い萌花の方が……」
悩みだした俺を見て、途端に空気の抜けた風船のように萎れてしまう桜山先生。
どうやら、何か勘違いしている様子。
言葉の行間を読む所は、流石は頭がいい先生らしいが、こと恋愛については、考え過ぎは自縄自縛に陥りがちだ。
「う~ん。平日は学校だし、休日の多くは萌花ちゃんもいるライドですからね。デートっぽい事をする時間が無いな」
「え?」
「じゃあ、このランチミーティングの時間がボクらにとってのデートですね」
そう言って俺は、呆けた顔をした桜山先生の目を見てニッコリ笑う。
「で、でも私と佐野は教師と生徒で……」
「構わないですよ。今はまだ、それで」
そう言って、俺は桜山先生の手を握った。
「あ……。男の子の手、おっきぃ……」
母としての重圧を降ろし、そこでようやく見えてきた桜山先生の欲。
これで、後は。
「邪魔するぞ大将」
部室のドアがガラッ! と音を立てて開き、俺と桜山先生は弾かれたように離れた。
「おい慶喜! ノックくらいしろ!」
突然、不躾に入室して来た2組男子の慶喜に対し、俺は苦情を申し立てる。
「ふーん……。随分と立派な部室をあつらえたもんだな」
俺の苦情は無視しながら、慶喜が部室の中を見渡しながら呟く。
「で、何だよ慶喜」
「いいから、ちょっと来い大将」
「いや、もうすぐ昼休みが終わって」
「いいから来い!」
「いてぇっての! あ、桜山先生。また後で連絡します~」
有無を言わさぬ目をした慶喜に腕を引っ張られて、俺は部室から連行されたのであった。
まったく、いい所だったのに。




