第20話 でも、無理だったよ……
【引き続き、早見理恵──視点】
「も……もしもし……」
ほろ酔い気分は一気に吹き飛び、身体が熱くなりながら電話に出る。
『あ、理恵さん。今、電話大丈夫だった?』
「う……うん。大丈夫だよ。今、家だし」
大丈夫と言いつつ、スマホを持つ私の手は細かく震えていた。
この震えは、決してお酒のせいではない。
『ごめんね。さっきまで部活中だったから、電話できなくてさ』
「そうだったんだ~。ううん全然、気にしてないよ~」
──私の嘘つき……。本当は、電話が来ない事めちゃくちゃ気にして、奇声あげたり、お酒に逃げたりしてたくせに。
でも、そんな事言えない。
だって、私は大人で彼はまだ子供で……。
──そう……。子供なんだよね。
ふと、認知が歪んでいるかのように忘れてしまうのだが、清彦君は娘の綾乃と同い年。
文字通り、歳の差は親子ほど。
だから、ホントは私がリードしなきゃなのに。
『え~。寂しがってた方が俺は嬉しいんだけど』
「……え?」
『本当に? ホントに俺がすぐに電話しなくて平気だった?』
「そ、それは……」
『ホントに寂しくないなら、以後は電話はしなくても大丈夫』
「さ……寂しかった……。清彦君から直ぐに電話来なくて、ヤキモキした……」
あああああぁぁああああ!
言っちゃった……。
こんな面倒くさい事を、こともあろうに男の子相手に。
女なんだから
人の親なんだから
男の子より強いんだから
なのに、自分の感情をコントロール出来ずに、そのまま思ったことを言っちゃって……。
こんな事、ちゃんと男性の相手をする淑女教育を受けた人なら絶対にしないのに。
『アハハッ良かった~。俺の彼女が、俺抜きで平気じゃなくて』
「あ……あ……」
──あ……。好き……♡
女の癖に、こんな重い事言ってるのに、それを何でもない事のように受け入れてくれる。
私の彼氏の包容力、ツヨツヨだよ~♡
『今日は何してたの? まだ、お仕事中?』
「う、うん。あ、聞いて聞いて清彦君! さっき担当編集さんから電話があって~」
さっき取れたてホヤホヤの、新しい小説の企画が担当編集さんからとても好感触だった事を話した。
多分、お酒が入っていた事もあってか、スラスラと言葉が紡がれていく。
「って、ゴメン……。高校生の清彦君には、仕事の話をされても楽しくなんてないよね……」
ふと我に返ると、私ばかりが電話で喋ってしまっていた。
『ううん。作家さんの仕事の内容が知れて、凄く興味深い話で面白かったよ。理恵さん、お仕事頑張ってるんだね』
──ふわぁぁぁ……。男の子なのに、お仕事に理解あるの凄しゅぎぃ。疲れが一気に吹き飛ぶぅ。
私の、仕事が上手くいってる自慢を『うんうん』と興味深そうに相槌打って聞いてくれるなんて、働く女の夢過ぎる。
こんな優しい旦那さんだったら、仕事にも身が入るなぁ。
『おっと。そろそろ時間だ。綾乃の事もあるし』
「あ……うん、そうだね」
いつも甘い時間は直ぐに終わってしまう。
何でだろう……。
そして、娘の綾乃の名前が出ると、私の胸中はかき乱される。
さっき清彦君が部活がと言っていたのと、時間を見るに、恐らくは綾乃の部活が終わるのを清彦君が待っているのだろうか。
──いいな……綾乃は。清彦君の隣で青春が出来て。
決して戻らない時間を嘆く愚かさと、実の娘に、冗談ではなく本当の意味で嫉妬してしまっている己の下劣さにより、こみ上げてくる物がある。
(ピンポ~ンッ♪)
「あ……。こっちも家に来客みたい」
気持ちが堕ちた私の思考を、インターホンの音が断つ。
『じゃあ、電話終わるね。バイバイ』
そう言って、電話の向こうの清彦君はあっさりと切電した。
──サッと切り上げられちゃったな……。
分かってる。
男の子は忙しい。
月詠学園という男女共学校の男子という事は、女の子からのお誘いが引く手数多だろう。
そんな状況で、年増の女の私なんかに時間を少しでも割いてくれるだけで、もう、望外の喜びだ。
例え、揶揄われていただけだったとしても、カノジョだと言ってくれただけでも、もう一生の思い出になる。
だから、ちゃんとしないといけないのに、私は清彦君の優しさに溺れかけてる。
うん、分かってる。
この関係に先何て無いってことは。
一番いい未来と言うのは、娘の綾乃が清彦君と結婚してくれて、私は義母のポジションに収まる事だ。
それが一番丸くて、皆が幸せになれる。
──だから、今度会ったら清彦君に言わなくちゃ。
『オバサンになんて時間を割いてないで、ちゃんと同じ年くらいの女の子たちと恋愛してね』って。
親子ほど年の離れた男女となんてバカげてる。
次に会った時に。
そうやって、自分を戒める。
大丈夫、私は大人なんだから。
(ピンポ~ンッ♪)
「……あ、は~い! ただいま~!」
電話が終わった余韻と、頭の中で駆け巡った思考のせいでつい、清彦君との電話が終わったのが来客のインターホンだった事を思い出す。
玄関へ向かい、ゴミ捨てで使うサンダルを履いて、玄関ドアを開けると。
「やっほ。理恵さん」
「え……清彦くん」
夕日をバックに、その輝きに負けないくらいの笑顔を見せる清彦君が立っていた。
「ど、どうして……」
最初に口をついて出たのは疑問。
なんで……。
どうして来てくれたの……。
「だって、理恵さんに会いたかったんだもん」
声が聴きたいとメッセして、清彦君は電話をかけてくれた。
それで十分に、私の年甲斐も女甲斐もない要望は、十二分に充たされた。
なのに、なんで……。
なんで君は、私の想像を超えてきちゃうの?
「綾乃に一人で帰るの止められてるのを聞かずに学校出てきちゃったから、追いつかれる前に」
そう言って、私の身体は清彦君に包まれた。
──はわわわわっ⁉
そんな風に可愛くイタズラを成功させた子供っぽい事するのに、なんで身体はちゃんと男なの……。
そんな、待ちきれない、辛抱たまらないみたいに、私の事を抱きしめるの⁉
さっき『次に会った時は……』って思ってたのに早すぎるよ。
本当は、大人として、母親として清彦君を拒絶して、押し返さないといけないのに。
でも、無理だったよ……。
清彦君の身体から伝わる熱と、運動していたからなのか、ほのかに香る汗と制汗剤の青春のまじった香りが、私の脳にダイレクトに届いて、私から抱きしめ帰すという選択肢以外を奪う。
「ん~。やっぱりカノジョを抱くと、部活の疲れなんて吹っ飛ぶな~」
そう言って、身体を離した私のカレシ。
カノジョである私は、とんでもない熱を発している事が自分でも分かった。
「ハァハァ……。ただいま! もうっ、清彦ったら一人で帰っちゃ危ないでしょ! って、ママ、顔赤いよ? あ、お酒の匂い。またママったら、お仕事進まないからって昼間からお酒飲んでたの。まったくもう……夕飯の準備もしてないし~」
清彦君が身体を引いた直後に、娘の綾乃が帰って来た。
その後、文句を言いつつも、私に代わって手際よく夕飯の準備をする優秀な娘と、ダイニングテーブルで楽しそうに部活の話をする清彦君の後姿を、私はポケーッとソファに座りながら眺めていた。
──不思議……。なぜか、もう娘に対しての罪悪感がほとんど浮かんでこない……。
自分の中の何かが決定的に壊れてしまった気がしたけど、でもとても心地よかったのは、多分お酒のせいではないと思った。
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