第19話 お返事まだかな
【早見理恵──視点】
「あああぁぁぁぁあああああああ‼」
スマホを手に抱えながら、私はリビングの床をゴロゴロと転がり回っていた。
こういう時に、一人で在宅仕事をしている小説家と言うのは便利だ。
発狂していても周りの迷惑にはならない。
「既読はついたけど、何にも連絡ない……」
ここで、私は改めて自分の送ったメッセを読み返した。
『清彦くん、コンニチハ!
メッセを送るのは初めてだね。
もう学校は終わったかな?
ふと清彦くんのことを思い出して、メッセを送っちゃったヨ(照れ)
理恵は今、一人でお家でお仕事してるんだケド、(偉い?)
ちょっと寂しいノ(ぴえん)
声が聞きたくなっちゃったヨ(電話)
迷惑かな?(汗) 待ってます』 ※()は絵文字。
「メッセの文面ってこんな感じでいいんだよね? ちゃんと絵文字とかもたくさん使ってオバサンくさくないようにしたし」
このメッセの文章は、ぶっちゃけ仕事の原稿よりも頭使って悩みながら書いたので、かなりの自信作だ。
──こんなメッセが来たら、清彦くんも思わず直ぐに電話をくれるはず。少なくともメッセは返信してくれるはず。
そんな自信満々で送信ボタンを押したのに……。
既読は直ぐについたのに……。
その後、何の反応も無い……。
そうすると、どんどん不安は大きくなる。
──私のメッセージの文面、おかしかったのかな……。もう、メッセージ取り消しちゃおうかな……。あ、でも既読着いてたから、すでに清彦君には読まれてるんだ……。
「んああああぁぁぁぁあああああ!」
こうして、思考はどんどん悲観的になり絶望の沼へ引きずり込まれないように、私は奇声を上げ続けるしかない。
──清彦君も清彦君だよ……。カノジョの事を、こんな不安にさせて……。
『付き合おう』って、『カノジョになって』って言ったのに。
なんで既読無視するの?
酷くない?
絶望の現在状況からの逃避のためか、徐々に送った相手への怒りの感情が湧く。
──そうか……。こうやって、付き合った後にも相手の連絡がこない事にヤキモキする物なんだ。参考になるな……。
と、ラブコメ作家の職業病として、第三者的視点で己の事を俯瞰してみる。
でも、これは現実だ。
小説のキャラクターみたいに、神様である作者が上手くお膳立てしてくれたり、舞台を整えて何てくれない。
この現実には、自分で立ち向かわなくちゃならない。
「はぁ……。『お返事まだかな』って送っちゃおうかな……。でも、返信も無いのにたて続けにメッセージを送ったら、迷惑だよね……」
こういう時に、どうすればいいのか分からない……。
この歳になって初めての恋愛なのだから。
何が正解かなんて分からないよ……。
(PiPiPiPiPi♪)
(ガバッ!)
「はい! 理恵です!」
スマホが鳴動した瞬間に、私は転がっていた床から跳ね起きて、スマホの通話ボタンを押す。
自分でも、ビックリするくらい大きな声が出た。
『お、お疲れ様です。早見先生……のお電話で良かったですよね?』
「あ……。担当さん……ですか」
なんだ……。
仕事の電話か。
『大丈夫ですか? 何か、いつもと声のトーン違いましたけど。普段、自分の事、理恵って呼んでましたっけ、先生?』
「だ、だ、大丈夫です! え~と、この間送った新作の企画書についてですかね~」
──は、恥ずかしい……。つい年甲斐もなく、女の子、女の子した声音で電話に出ちゃった……。
その恥ずかしさを誤魔化すように、慌てて私は仕事モードに舵を切った。
『はい。もらった新企画についてなんですけど、イイですね』
「本当ですか⁉」
この編集さん、あんまり褒めない人なのに、開口一番で好感触なんて初めて。
『高校生の娘がいるママが、娘の彼氏から迫られちゃうとかイイですね~、斬新な設定です。処女の妄想を拗らせて際の際まで行った感じで、感服しました。現実味がないけど、思わず女の人なら夢見ちゃう設定ですよね』
「そ、そうですね……」
──『実は、主人公は今の私がモデルなんです』って言ったら、この人、どんな顔するんだろ。
そんなイタズラ心やマウント心が一瞬よぎったが、直ぐに喉の奥に引っ込めた。
『あ、すいません。次の打合せの時間が迫ってる。じゃあ、企画書の細かい内容について、今度対面で打合せしましょう。後ほど、日程調整のメールを送りますので』
「は~い。よろしくお願いします」
忙しい編集さんの電話が切れる。
ふ~っ。
忙しいなら別に電話してこなくても良かったのに。
でも、わざわざ電話で感想を伝えてきたって事は、かなりの好感触だから、この企画は多分通るな。
──でも、今の私には、仕事での成功より、もっと欲しいものがあるんだよな……。
そう思いながら、スマホを放り出して、またリビングの床に横になって天井を見上げる。
「あ~、もう。今日はお酒飲んじゃおうかな」
まだ綾乃も帰って来てないけど、まぁ夕方くらいの時間だから大丈夫だよね。
企画も通りそうだし頑張った! 私!
失敗した日も、成功した日も、大人には明日があるのだから。
そういう訳で、私は冷蔵庫の中にある缶ビールのプルトップを開けて一口。
く~~っ! 沁みいる……。
(PiPiPiPiPi♪)
「あ~、もう今日は理恵ちゃんは閉店ですよ~♪ 電話なんて出ませ~ん♪」
既にビール缶の半分くらいが体内に収まっているので、もう仕事なんてヤメ止め。
どうせ、電話もさっきの担当編集さんの打合せの日程調整か何かだろう。
そんなの電話じゃなくてメールに……。
と思いながら、ビール缶をあおりつつスマホの表示名を見た瞬間。
「おぴゃっ⁉」
変な声が出た。
慌てて乱暴に置いたビール缶から、少し飛沫が飛び散りテーブルの上を濡らす。
鳴動するスマホには、『清彦君』と表示されていた。




