第12話 え……登録名……
「ち、違うの、清彦くん! これは、その……」
部屋に突入してきた俺に対し、慌てて弁明をする理恵さん。
すかさず俺は、理恵さんが後ろ手に隠したコップを拾い上げる。
「これで何をしていたんですか?」
既に動画で一部始終をおさえているから現行犯なのに、あえて本人の口から説明させる。
「そ、それはその……綾乃の事が心配でつい……」
ダラダラと汗をかきつつ、顔色は青白くなっている理恵さんが白状する。
だが、例えその理由が本当だったとしても、男のプライバシーを暴こうとした形になってしまっている。
これは、男性保護法とやらの処罰の対象になり得そうだ。
「へぇ、そうなんですね」
「あ、あ……ごめんなさい、ゴメンナサイ! こんなオバさんに盗み聞きされてたなんて気持ち悪かったよね。で、でも、どうか私のことは汚物扱いしていいから、どうか……どうか綾乃の事は遠ざけないであげてください!」
そう言って、理恵さんが土下座して来た。
土下座はよく、ただの我を通すための脅迫でしかないと言われるが、そこは流石は母親だ。
娘の未来だけは何とかして守りたいという母性愛が、男へのある種の反抗を行わせたのだ。
「顔を上げて理恵さん。俺は綾乃に対してどうこうしようなんて考えてないよ」
「ほ、本当に!?」
ガバッ! と顔を上げた理恵さんには希望の光が僅かに差していた。
「ただし条件があるよ」
「は、はい……。何でしょうか? 私の自害でしょうか?」
ママキャラをこよなく愛する俺が、そんな500年生きた魔族への絶対服従命令なんて出さないっての。
「俺と付き合ってよ理恵さん」
「……へっ?」
鳩が豆鉄砲を喰らったかのように呆けた顔をする理恵さん。
それを無視して、俺は言葉を続ける。
「理恵さんが俺の彼女になってくれるなら、盗聴してた事は黙っててあげる」
「え……彼女って……恋人って意味?」
「うん。そうだよ」
「……冗談だよね?」
「冗談なんかじゃないよ」
狼狽する理恵さんに、俺はニッコリと微笑み返す。
「だ、だってそんなのおかしい! 清彦くんには綾乃が……。私なんて子持ちのおばさんで……」
「自分をおばさんって言うの、俺好きじゃないんだよね。理恵さんは綺麗なんだから、今後それ言うの禁止ね」
「ふぇ……」
真っすぐ理恵さんの目を真剣な眼差しで見つめながら、俺様モードで命令する俺。
「その服や化粧。俺が来るって分かったから、慌てて着替えたんでしょ?」
「う……」
「そういう所、ほんとカワイイ」
「気付いて……ないかと思った……」
恥ずかしそうに、理恵さんが俯く。
「綾乃の手前、我慢したんだよ。本当はその場で抱きしめたかった。こんな風に」
「ふわぁ……」
腕の中に柔らかな理恵さんの感触が、そして理恵さんの強張った身体から発せられる熱が伝わってくる。
──あ~、ホント。生娘みたいな反応を示すママって、最高だな。
俺は、前世ではママキャラ好きではあったが、真っ当に現実で恋愛だってしてきた既婚者だ。
なお、ママキャラ好きなので、年上のお姉さんとは結構遊んで経験を積ませていただいた。
だから、最初に『好き』って言われた相手を好きになっちゃうような、思春期真っ只中みたいな女の子をおとすなんて赤子の手をひねるより簡単だ。
故に、盗聴という弱みを握った時点で、俺は一気にアクセルを踏んだ。
ママという大人相手なんだから、まだるっこしい恋の駆け引きなんて無用だ。
大人の女は、ガツン!と冒頭に頭を殴られるような衝撃を与えられて始まる恋愛を、心の奥底では求めてるもんだからね。
「これで信じてくれた? 俺が本気だって」
「う……うん……」
理恵さんの肩を掴んで、身体を少し離すと、トロンッととろけた理恵さんが俺を見上げながら頷く。
まるで子供が甘えてきているみたいでカワイイな。
「おっと、そろそろジュースを取りに行った綾乃が戻ってきちゃうかな。あ、戻る前に理恵さんの連絡先ください」
「あ……はい……」
まるで夢見心地といったフワフワした状態で、理恵さんが自分のスマホを取り出し、連絡先を交換する。
「よし、登録できたよ。ほら」
そう言って、俺は自分のスマホの連絡帳アプリを開いて理恵さんに見せる。
「え……登録名……」
「うん。『カノジョ♡』って登録名にしちゃった」
大人の女性は恋愛を始める時に腰が重い。
だから、俺はスタートこそ一足跳びどころじゃなく、半ば脅しに近い形で強引に理恵さんと恋愛関係に持ち込んだ。
でも、それはイコール、恋のドキドキをすっ飛ばしてよいという事ではない。
あくまでスタートは強引に、その後は繊細で優しく。
だから敢えて、彼女のスマホの連絡先を『カノジョ♡』とするような、付き合いたてで浮かれている高校生カップルみたいな、無邪気な事もしてみせる。
これは、前世の男女比1:1で年下男が大人の女性と付き合う際にも有用な手だ。
ましてや、男慣れなんて一切していないこの世界の大人の女性ならば……。
「彼女……カノジョ……」
どうやら、脳が色々と処理しきれていないらしく、うわ言のように理恵さんは登録名をつぶやき続けている。
「じゃあね理恵さん。また後で連絡するね」
そう言って、俺は理恵さんの書斎を後にした。
この男、年上女性の扱いに慣れてるし、心底楽しんでいる。
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