第16話:依頼者との通話_7
これも何かの縁だ。それに、彼女の言うその話の中の相手が、私の知っている人かもしれないし、知り合いの知り合いかもしれない。私となーこさんの行動範囲が被っているなら、きっとその相手とも少なからず被る部分があるはずだ。あわよくば、その後の話を聞いたり、もっと詳しい内容を調べられるかもしれない。
「なーこさん、あの、最初はお断りしたのですが……。私も会ってお話を聞きたいと、今そう思っています。なので、今度実際に会ってお話を聞かせてもらえませんか? また会話の録音はお願いしたり、質問させてもらうことにはなると思うのですが……」
『構いません! 二人きりは嫌だと思うので、どこかカフェでいかがですか?』
「そうですね、そうしましょう!」
ここから、予定を立てるまでは早かった。彼女の勤務先の創立記念日が来週あると聞き、その日に合わせて会うことにした。朝集合し、話が終わる、もしくはお互い保育園のお迎えの時間になったら解散する予定だ。場所はお互いの家から中間地点となる大きな駅を選び、そこにあるカフェで少し遅い朝食をとりながら話すつもりである。
驚くことに、県のもう一つ先まで、住んでいる場所は同じだった。そんな偶然……と思ったが、まさかこんなに近場に住んでいるとは。
私自身、彼女に興味を持っていた。
というか、正確には彼女の周りで起こったことに対して、なのだが。これだけ立て続けに何か起こるのも珍しい。起こったことを全て聞いて『結局これが理由だった』と、是非とも突き止めたいと思ったのだ。そして彼女もそれを望み、一緒に悩む相手として私を選んでくれた。
都合がいいかもしれないが、ここまで首を突っ込んでおいて、何もせずに終わるのも気持ちが悪い。
『あっ、どうしましょう……まだ、一つ目しかお話していないので、残りもお話してしまって大丈夫ですか? 結果がまだ出ていないストーカーの話と、同じマンションの人から、その、嫌がらせを受けている話は、直接しようかなと思っているので……』
「それは構いませんよ。ええっと……残りというと、上の娘さんが同じ学年の子から嫌がらせを受けている話に下の娘さんの保育園を嫌がる話、それから会社の人からのパワハラについての話、ですよね? うーん、残りの時間で足りずに終わってしまうかもしれないですね。最初の話も、なかなかボリュームがあったかなと思ったので……。あれが最初なら、続きはもっと中身が濃いんだろうなと、勝手に思っています」
一つ目で結果がこれなら、二つ目以降は濃度が増すはずだ。
『……仰る通りです。ただ、聞いてほしくて仕方ないんですよね。サラッとこんなことがあったんだよね、って話はするんですけど、そんなに詳しく話したこともないし、話したら引かれそうで怖くて。溜め込んでいたというか。……ご迷惑でなければ、テキストにまとめてお送りしても良いですか?』
「良いですよ! 気になった部分とかあれば、来週お会いした時に質問させていただくと思います。……それか、私もどうしても気になったら、メッセージ送っても良いですか?」
『勿論です! それで思い出すこともあると思いますし、勝手ながら、息抜きにもなりそうなので……』
「気になることを溜め込んでおくの、結構疲れますよね」
『そうなんです。……誰かに話を聞いてもらうのって、こんなにも心が晴れやかになるんですね』
「会った時は、もっとスッキリするかもしれないですね?」
『今から楽しみです。それでは、まとめ終わったものから送らせていただきますので、よろしくお願いします』
「わかりました。お待ちしています」
この日の通話は終わった。予定していた時間をすべて使わなかったが、あそこで話を終わっていなかったら、逆に足りなかっただろう。テキストでもらえるのならば振り返りやすいし、コピーを取って自分のメモも書ける。それを持っていけば、会って話した時も質問しやすいし、後で見返しやすくもある。
内容がよほど濃かったのか、思い返すのが辛かったのか、なーこさんからのメッセージはすぐには届かなかった。少し心配になったが、個人にはペースというものがある。私が口を挟むものではない。何日か経って届いたメッセージに起こったことは書かれておらず、代わりに『書いていたら長くなったので、差し支えなければ使い捨てで良いのでメールアドレスを教えてもらえないか。テキストファイルで送りたい』と言うものだった。
配信を始めた時、登録用に取ったメールアドレスがある。この活動でしか使っていないから教えるのにはちょうど良いだろう。私がこの配信を辞める時に、一緒に消してしまえば良い。SNSもこのメールアドレスで登録した。宗像祈名義でしか使う予定もないから、アドレスの中に思いきり【munakatainori】という名前が入っている。
私がメールアドレスを送ると、すぐにそのアドレス宛にテキストファイルが三つ送られてきた。一つ開いてみると確かに、ダイレクトメッセージで送るには長い。タイトルと番号が振られているが、時系列で順番が振ってあるのだろうか。
「うーん。どれから読もうかな……。やっぱり、時系列で起こった順番通りに読んでいくべき? それとも、気になったものから順に読んでいくべき?」
どの話ももれなく気になる内容だ。甲乙つけがたい。
「……いや、別に全部読むんだもんね? 順番通りにしよ」
私はすべてのテキストファイルのタイトルの先頭に【匿名希望さんからのテキストファイル】と入れてから【1】と振られていたファイルを開いた。
最初に『簡潔にまとめることが苦手なので、語り口になっていますがご容赦ください。他のファイルもそうです』と書いてあったので、読む順番的には間違っていなかったらしい。私はそのままその下へと目線をずらした。




