第13話:依頼者との通話_4
『――はい。お待たせしました。えっと、その日は、娘が嫌がるから何がそんなに嫌なんだろう? と思って、教室の見学へ行ったんです。そこの教室は、親の見学は連絡さえ入れればいつでもOKで、急ではありましたが、当日に連絡を入れていきました。時間になって、最初こそ、娘も結構声を出して歌ったり、先生が言った英単語を復唱したりしてたんですよね。割と賑やかだなと思ったんです。えぇ。賑やかだったんです』
何度か『あ』とか『っと』と言いかけては、喉の奥の引っ掛かりをなくそうと、なーこさんが咳払いをしている。
そこに入る深呼吸には、何か大事な意味があるように思えて仕方がなかった。
『……ふぅ。えっと。でも、そこからですね。先生が、わかる子! って、単語や文章を出していったんです。それを見て、なんて書いてあるかわかると、手を挙げて当ててもらうように見えました。娘も手を挙げていたんです。なのに、一度も当たらなかった。同時に沢山の子が手を挙げていたなら、それは仕方ないと思います。だけれど、既に当たった子と娘の二人でも、娘は当たらずにもう一人が当たる。誰も手を挙げなくて、娘が周りを見て恐る恐る手を挙げた時は、先生は誰もいないね。と言って、自分で答えを言っていました』
正直、私の開いた口からはうわぁ、という言葉しか出てこなかった。邪魔してはいけないと思い、途中で自分のマイクをミュートにしたのは大正解だと思う。この先生、小さな子ども相手に態度が露骨すぎて心苦しい。そんな小さな子が大人に、しかも習い事の先生に対して何かできるとは思えないが、この行動に正当な理由があるというのだろうか。
「その先生は、その件に関して何か言っていましたか?」
『いいえ。正直私も、怖くて聞けませんでした。ただ、先生とも直接話をしてみたいと思って、少しだけ声をかけさせてもらったんです。いつも様子はどうですか? くらいは聞いても良いだろうと。それで、上の子に下の子と一緒にいるようお願いして、先生と教室で少し話をしました』
勇気がある。私なら、初日は様子見してそのまま帰ってしまいそうだ。意気地はない。
「そこでは、何を言われたんですか?」
『……家で何か英語の勉強をやっているのかと聞かれて、その時は動画を見たり絵本を読んでいると答えました。あ、私、引っ越してから日記をつけるようになって。この日のことも、日記に書いています。手帳にも色々書いていて。私が覚えていることと、書いた内容を読みますね。そして、えーっと』
***
先生には、こう言われた。
――下の娘ちゃん、色んな単語知ってますもんね! 私が受け持っている子どもたちの中で、一番お勉強が進んでいると思いますよ! 正直、別に今英会話教室に通う必要がないかなと思うくらいに!
……私には、暗に教室をやめろと言っているように聞こえた。
***
『書いてある通り、辞めろと言われているような気がしました。嫌味な言い方でしたね。顔は笑っているのに、言葉と喋り方には棘があって』
言葉に詰まる。私も気にしいな性格だから、同じような言い方をされたら『辞めてほしいのかな?』と感じてしまうだろう。多くの人がそう感じると思う。言葉の棘は、言った本人が思っているよりも勘づきやすい。
「うん、うん……確かに少し勘ぐってしまうかもしれないですね。この日は、そのまま帰ったんですか?」
『帰るには帰ったのですが、先生にはそのまま教室で教材とか見ていていいよ、と言われて、先生が先に出ていったんです』
「それで、教材を見ていたんですか? 何か、変わったことが?」
私は続きを聞いた。帰るには帰ったが、の言い方が気になったのだ。これにはまだ、続きがあるぞ、と。なーこさんも、それを話すつもりでいると思っているので、話しやすいように続きを促したつもりだ。
『その、正直教材にはあまり興味がなくて。子どもたちのプロフィールが写真と一緒に壁に貼ってあるのをみて、すぐに教室を出ました。それで、上の子をのところに行ったら、下の子がいなくなっていたんです。聞いたら、先生にお手伝いを頼まれたって。急いで探しに行きました。こう、あの先生と、二人にはしたくないなと思ったので』
「すぐに見つかりました?」
『見つかりました。どこだったか、いくつか部屋があるんですが、その中に先生を見つけたんです。声をかけようと思って近づいたら、ほんの少し扉が開いていて、悪いなとは思ったんですけど、思わず聞き耳を立ててしまいました』
「何か喋ってたとか?」
……多分だが、こういう類の話は、碌なモノじゃない。
『その時は、聞いたことを後悔しました。……けれど、今は聞いてよかったと思っています』
「どんな会話だったんですか?」
『これも、日記に残しています。今見ても詳細に書いてあって、私、よっぽど許せなかったんだなって』
なーこさんは何度も咳払いしている。言葉に詰まっているのだろう。私はなーこさんが話し始めるのをじっと待った。
『んんっ。すみません、今読みますね』




