第12話:依頼者との通話_3
ここは、良い話だ。問題ない。
『ちょっとズレちゃったけど、これはこれでアリだな、って思いました。こう、嬉しいですよね、こういうことが立て続けに起こると。慣れない土地でイライラすることも悲しくなることも多かったので、単純ですけど救われましたね。お金ってやっぱり、あると心に余裕ができますし』
「えぇ、そうですね」
『それから、夫の実家に誘われて、海外へクルーズ旅行しました! 私、ずっとそれが夢で。たまたま日本発の便があって、パスポートも更新していたし。結婚記念日のお祝いで行ったんですけど、私たち邪魔じゃないですか? 結婚記念日って夫婦のものだと思いますし。それが、折角だから一緒にと言われまして。子どもと年配の方は、大きな割引があるんですよね。それから、キャンペーンもやっていて。出すから一緒に行こうと。あ、部屋は別々でした。……確かにその、旅行したいってお願いはしたんです、神様に。まさかそんな、豪華な旅行になるとは思いませんでしたけど』
「そこだけ聞くと、非常に羨ましいお話ですね。そんな出来事が起こるなら、神様にお願いする気持ち、よくわかります」
こんなに良いことが起これば、もっと神様に祈りたくなるだろう。気持ちはわかる。
何なら、海外クルーズはかなり羨ましい。神様に祈っていけるのだったら、私だってすぐにでも祈りたい気持ちだ。
『だからその、頼ってしまったというか。失くしていたものは見つかるし、仕事も順調で子どもも機嫌が良くて。でも、それのすぐ後くらいに、以前送ったメッセージの、一つ目の出来事が起こったんです』
「一つ目……というと、下の娘さんの、習い事の件ですか?」
『はい、そうです』
私はプリントしていた事件の一覧をプリントした紙を見て、一番上の事件に丸印をつけた。
『ここまで起こった出来事は、全て良いこと』と走り書きをして。
「具体的には、どのようなことが起こったんですか? 娘さんが習い事を行き渋って、楽しく行けるよう祈ったんですよね。それでその結果、担当している講師の方が辞めてしまった、と」
『えぇ。……あれは、娘には悪いことをしたなと思っています』
「……というと?」
また、なーこさんは少し悩んでいるようだった。
『あれは、引っ越してきて、少し経ってからです。落ち着いたかと思って、娘二人の習い事を再開させたんです、英会話なんですけど。転勤前に通っていた教室の、支店? 分校? 系列店? っていうんですかね? とにかく、別の場所の同じ教室に行かせたんです、籍を変えられると聞いたので。どうせなら、慣れているところで続けたほうがいいじゃないですか。やり方もわかってますし。それで、上の子は楽しく通えたみたいなんですけど、下の子は行き渋ったり、こう、全然楽しそうじゃなくて。今まではこんなことあったよ! って話をしてくれたのに、それも全然なくなっちゃって。年齢が違うから、娘たちは日と時間帯は同じでも、クラスは違ったんです。だから、上の子に聞いてもよくわからなくて』
「原因は、なんだったんですか?」
沈黙が走る。なーこさんにとって言いにくいことだというのが、嫌でも伝わってきた。
『……担任をしていた先生の、嫌がらせ……でした』
「……あの、下の娘さんは当時おいくつですか……?」
『四歳です、年中ですね』
「まだ小さいじゃないですか……。そんな子に、嫌がらせなんて……」
――大人の、子どもに対する嫌がらせ。言葉に聞くだけで、嫌な気持ちが沸き上がってくる。
『下の子は、結構主張が強くて。だから、よく手を挙げたり、発言したりしてたんですけど。この時に当たった先生は、そういうのは好きじゃなくて、みんな平等に、順番に、同じことをやらせたかったみたいなんですよね。教室ってそういうものなんですかね? だから、娘が出しゃばるようなことをすると、無視したり後からグチグチ言われてたみたいです』
「それは、誰かに聞いたんですか?」
『それもあります。少しだけ。けれど、私が見てしまったんです、娘が言われているところを』
「……それは……辛い、ですよね」
辛うじて浮かんだ言葉を口にする。そんな場面に出くわすなんて、親として悔しかったに違いない。
『正直、帰ってきてから泣きました。どうしてウチの娘がそんなこと言われなきゃいけないの⁉︎ って。毎回こんなこと言われていたの? とも思いましたね。それなのに、本人はハッキリと言わなかったから。子どもながらに、何か考えることがあったのかもしれません。……それなのに、私は行きなさいっていうだけで、何もわかってあげていなくて。……私さっき『平等に、順番に』って言いましたけど、それすら守られない時もありましたし』
心なしか、なーこさんの声が震えているように聞こえた。
「その、何があったのか内容はお聞きしても……?」
『……はい。……、少し待ってください』
画面を見ると、なーこさんがミュートにしたことがわかった。落ち着くために、深呼吸でもしているのかもしれない。




