第10話:依頼者との通話_1
私はメッセージを送ると、残っている仕事を片付けるべく机へと向かった。
ダメと言われるかもしれないと思っていたが、その後の返事で録音も筆記による記録も許可がもらえ、日付も一週間後の午後十二時からと決まった。どれくらい時間を取るかはわからないが、十六時までフルで時間を使ったとしても四時間はある。
初めてこのSNSで通話をすることにも緊張を覚えながら、私は通話当日を待った。
「うーわ、緊張する……」
――通話当日、予定の十分前。私はドキドキと鳴る自分の心臓の鼓動を感じながら、配信時に使っているヘッドセットをパソコンへと繋いだ。普段SNSはスマホアプリで覗くことが多いが、今回は通話を録音するためパソコンから通話をするつもりである。
録画用のツールを持っていたので、それを使ってパソコンでの通話を録画するのだ。映像は開いている通話の画面しか撮れないが、今回の目的は音声なので構わない。
流石に自分の声となーこさんの声を間違えることはないと思っているが、後で聞き直した時どちらが今喋っているのか、アイコンの表示のされ方でわかるのも地味に嬉しいので、画面ごと撮影することにした。
厳密には録音ではないことがもしかしたら嫌かもしれないので、撮影前に本人には確認したいと思う。アーカイブ機能もあるらしいので、そちらも使う予定だが、どちらにしろ、どちらかが使えない、録音に失敗する可能性も踏まえて二段構えにしたのは悪くない選択だろう。
なーこさんから、二時間ほど前に『病院は無事に終わり今から帰ること』と『時間通り通話を開始したい』旨がメッセージで送られてきた。私はとくに問題もなかったので『わかりました。時間通りによろしくお願いします』とだけ書いて返信した。
スマホで文章を打つことになるがキーボード入力よりも遅いので、気になった部分を重点的に入力することにし、質問は事前にメモへまとめ、質問の下に答えを入力できるようにした。念のため、起こった出来事を箇条書きにしたA4サイズのコピー用紙と、白紙のコピー用紙も数枚、そしてボールペンも用意してある。
リスナーさんの意見をまとめた資料はこの一週間で書き始めた時よりも立派に成長し、同時に私のフォロワーもまた増えていた。
パソコンの隣に大きなタンブラーを置く。喋ってばかりだと喉が渇くため、スムーズに喋れるよう麦茶を用意した。
喋ることが好きでも、流石に喋りっぱなしは辛い。気が付くと手にも汗をかいており、急いでタオルを持ってきて置いた。
そうこうしているうちに約束の十二時となり、なーこさんへ『準備できました。通話はもうしても大丈夫ですか?』とメッセージを送った。なーこさんも待機していたのか、すぐに『私も大丈夫です。よろしくお願いします』と返事がきた。私は深呼吸をしてタオルで手の汗を拭った後、もう一度大きく深呼吸をして【通話】ボタンを押した。
『……』
ボタンを押すと画面が切り替わり、なーこさんのアイコンと私のアイコンが大きく映し出された。繋がった証だ。
「――もしもし」
勇気を出して、一言目を口から出す。
『もしもし』
女性の声が聞こえる。
「あの、初めまして、宗像祈と申します。なーこさんで、お間違いないでしょうか?」
なーこさんのページからかけているのだから、間違うはずはない。だが、形式的に聞いてしまった。
『はい、なーこです。祈さん、今日はありがとうございます。お話聞いていただく機会を……』
「いえいえ、とんでもないです! 私も気になっていたので。……あの、早速ですが、お話聞かせていただいても良いですか? ……あ、すみません、私、今この画面自体を録画しようとしていて。アーカイブとして音声を残せるみたいなんですけど、初めてなので念のために予備がほしくて。この画面しか撮らないので、動画で音声を残しても大丈夫ですか?」
『ええ、構いませんよ』
「ありがとうございます! それでは、今から録画させていただきますね」
私は許可を取ってすぐに録画を始めた。画面の端に見える時間経過が、もう録画が始まっていることを示している。
「開始しました。えっと、話の腰折っちゃってすみません。それで、どうしようかな、どこからお聞きすれば良いでしょうか」
『……そうですね、それではまず、私が神様に祈ろうとした経緯からではいかがでしょうか?』
「それでお願いします! 質問は後でまとめてさせてもらおうかなと思っているので、まずは思うまま、つらつらと話していただければと思います」
『わかりました』
以前のメッセージで、なーこさんは『事態を好転させたくて神様に祈り始めた』と言っていた。ここは復習してある。『良いことがあって、神様にお願いしたら願い事を叶えてくれるかも?』という話を誰かとしていたから、その起こった良いことも神様が理由だと、今のところ私もそう思っている。
『それでは、まずは神様に祈ろうと思った経緯から。……えぇ、あれは、引っ越してきて割とすぐのことでした。私は夫の転勤で、家族そろって今の土地、今のマンションへと引っ越してきました。私も夫も縁も所縁もない土地だったので、何もかもが初めてで。マンションは一部が夫の会社の社宅になっていて、そこへ入居しました。補助として家賃の大半を支払ってくれるので、自分たちの家もほしいし、まだ新しいマンションだったのですぐに入居を決めました』
この辺りはまだ序章だ。




