第九話 血の戦場と誓いの鉄槌
地が呻き、空が裂ける。
魔族の城塞、その地下深くに広がる空間は、戦場の名残そのものだった。
焦げた岩盤。焼け落ちた剣。砕けた盾。
剣戟の記憶が、この場所を永遠に染めていた。
そこに立つのは、黒鉄の甲冑を纏った巨体。
その名は――獄騎士バルザド。
「魔王継承候補、リーノ。第三の試練に挑む意思はあるか?」
声は地鳴りのように低く、重い。
「あるわ。私は、この手で王になる」
「ならば、問答無用。力を以て語れ」
次の瞬間、バルザドの魔剣が唸りを上げて迫る。
岩壁を易々と切り裂く一撃を、リーノは寸でのところで跳躍し回避。
(速い……巨体からは想像できない速度!)
防御も回避も、刹那の判断を誤れば即死。
彼の戦いには「余白」が存在しなかった。
リーノはすぐさま魔力を脚に集中し、地を蹴る。
二重に重ねた斬撃が放たれ、黒煙が巻き上がる。
だが、次の瞬間――
「ぬるい」
煙の中から、バルザドの影が現れた。
剣ではなく、拳で斬撃を打ち砕き、空中のリーノに殴打を放つ。
「ぐっ――!!」
リーノの身体が地に叩きつけられ、地面に亀裂が走る。
血の味が口に広がった。
それでも、立ち上がる。
「私は、もう後には引けない。あの日の私じゃない!」
リーノの手の甲に、魔王の紋章が浮かび上がる。
黒と紅の混じるような魔力が渦を巻く。
「力があるから支配するんじゃない。
力があるから――私は守り、導く!」
「ならば、証明してみせろ。貴様の“力”が、王に値するのかを!!」
バルザドの魔剣が黒雷を纏い、空間を割く一撃を放つ。
それは、まさに“鉄槌”の名を冠する破壊。
リーノは、真正面から剣を構えた。
(避けない……否、避けてはならない。これを、正面から受け止めてこそ――)
「”閃光”!!!」
二人の攻撃が交錯した瞬間、轟音と閃光が戦場を包み込んだ。
熱と破壊。地鳴りと衝撃。
天井が崩れ、岩が降り注ぐ中――
二人の影だけが、その中心に残っていた。
バルザドの剣は砕け、鎧には無数の亀裂。
一方、リーノの剣もまた折れ、血に染まった。
「……まだ、終わってない」
リーノが片膝をつきながらも、前を睨む。
「フッ……見事だ」
バルザドは剣を放り、ゆっくりと膝をついた。
「これが、お前の“誓いの力”か。――その心に、偽りなし」
空気が静まり返る。
剣が語り終えた者たちに、もはや言葉は要らなかった。
「試練、合格だ。リーノよ」
戦士は静かに頭を垂れた。
試練の門が再び開かれる。
血と炎、そして言葉なき絆の果てに、リーノは一歩を踏み出す。
彼女の背に、折れた剣と魔王の紋章が同時に輝いていた。
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一ノ瀬和葉