第七話 7つの試練と血の選別
ネザルグラムの大広間、〈紅蓮の闘技場〉。
そこは、魔族たちが古来より力を競い、王を選ぶ儀式の舞台だった。
環状に並ぶ黒曜石の柱が天を突き、空を覆うは血煙のような赤雲。
地を覆うのは焼け焦げた黒灰と割れた石。
剣の欠片、牙の骨、魔力で焼けた跡……ここが幾千もの激闘の末に積み上げられた場所であることを、空気そのものが物語っていた。
「よう、聖女さま。準備はいいか?」
炎獣将ガラバルは、剛鉄のような筋肉を隆々とさせて立ち塞がった。
獣の皮をまとっただけの格好。全身から立ち上る熱気は、空気を歪ませるほどだ。
彼の背に揺れる炎の尾が、魔力の奔流を帯びて風を裂いた。
「私はもう、聖女ではないわ。名乗るなら――魔族の姫、リーノよ」
リーノは静かに剣を抜いた。
その刃は黒銀。冥界の霧より鍛えられし魔剣――魔王より与えられた証でもあった。
観客席では、魔将たちが腕を組んで見下ろしている。
中央の玉座に座す魔王ザヴァリウスが、低く告げた。
「――試練、始め」
次の瞬間。
地が砕けた。
ガラバルが爆風のような脚力で跳んだ。
全身に纏う灼熱の魔炎が、咆哮と共にリーノへと襲いかかる!
「うおおおおおおっ!!」
「来る――っ!」
リーノは即座に回避行動を取る。
横に跳んだその瞬間、ガラバルの拳が空間ごと爆砕した。
爆裂。
火柱が天へ伸び、観客席すら揺れる。
(重い……一撃の質量がまるで戦車。これをまともに受けたら即死)
しかし、リーノは後退しない。
両足を地に据え、魔力を全身に巡らせる。
「”闇咬”――!」
魔剣が黒い軌跡を描き、逆巻く暗黒が奔る。
だが、ガラバルは豪快に笑った。
「小細工――ッ!」
豪腕で一閃。
闇の斬撃ごと弾き飛ばし、再び拳がうなった!
リーノは寸前でそれを剣で受け止め――
「ッ……重ッ……!」
脚がめり込み、骨が軋む音がした。
だが、リーノの瞳は輝いていた。
(これが魔族の力……! でも――)
「――私だって……譲れないものがあるのよッ!!」
剣を滑らせ、拳を逸らす。
同時に、足元から闇を立ち上らせ、ガラバルの視界を奪う!
「目くらましだとッ!? 甘い!」
ガラバルが背後に踏み込む。
だが――そこにリーノはいない。
「そこよッ!!」
真上から。
リーノは空中で魔力を脚に集中させ、鋭く回転しながら急降下!
魔剣の黒刃が火花と共にガラバルの肩に喰い込んだ!
「おおおっ、やりおる!!」
ガラバルが咆哮。
血が弾ける。だが彼は止まらない。
そのままリーノを片腕で掴み、地面に叩きつけた!
ドガアアアアアン!!
衝撃が地を走り、地形が崩れ、土煙が舞った。
観客席がどよめく。
だが、ガラバルはすぐに息を吐き、振り返る。
「まだだろ? リーノ!」
「……っは……当たり前でしょ……!」
煙の中から、立ち上がる影。
血に濡れ、傷付き、息は荒くとも――その瞳に曇りはない。
「私は……もう二度と、誰にも……踏みにじられない……!」
(クラリッサ……! あなたに奪われたすべてを、私は取り戻す)
足元に魔陣が展開される。
「……この身に宿るは闇と聖の双刃……応えよ、我が意思に――!」
闇の魔力と、微かに残る聖女の気配が共鳴する。
空間が震え、リーノの身体から黒光りする羽が広がった。
「これが……今の、私の力よ!!」
「おもしれぇ……!! だったらこっちも全力だァア!!」
ガラバルの全身が炎に包まれる。
拳が、魔剣が、空を切り裂く!
二人の戦いは、まさに戦神の激突だった。
拳と刃が幾度も衝突し、地が裂け、天が鳴る。
そして――
最後の一撃。
リーノの剣が、炎の中を貫き、ガラバルの胸前で止まった。
「――っ、ふっ……!」
ガラバルが一歩、下がる。
大の字で笑いながら、血を流して膝をついた。
「完敗だ……姫さん。魔族の姫って名乗るだけあるわ……!」
場が静まり返る。
そして、観客席から拍手と歓声が湧き起こった。
魔将たちの表情にも、わずかに認める色が宿っていた。
魔王ザヴァリウスが立ち上がり、言葉を発する。
「――第一の試練、突破。次なるは氷魔公、エルシエリカの庭」
リーノは、汗と血にまみれた顔を上げた。
まだ六つの試練が残っている。
だがその瞳には、確かな光が宿っていた。
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一ノ瀬和葉