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第二話 聖女の座を奪われた日 後編

 ――寒い。


 こんなにも、世界は冷たかっただろうか。


 リーノは雪の積もる崖の縁に立っていた。

 追放されたその日、獣道を彷徨い、食料も尽き、誰にも助けられず……。

 そして今、彼女はここにいる。


 後ろには、神殿騎士の姿があった。


「クラリッサ様の命です。聖女を僭称する者を、完全に消すようにと」


 その言葉が、心に深く突き刺さる。


「私が……どれだけ祈ってきたと、思っているの……」


「神の意志に逆らう者は、異端。リーノ・エルグレア。あなたはもう、この世界に必要とされていないのです」


 刃が抜かれる音がした。

 けれど、リーノはもう動けなかった。

 魔力を封じられ、力も、逃げるすべもない。


 ふと、空を見上げた。

 曇天の隙間から、ひとすじの光が差し込んでいた。


(神様……あなたは、本当に彼女を選んだの? 本当に、私は……)


 背後から襲った激痛が、思考を断ち切った。

 胸を貫いた剣。赤い血が、白い雪を染めた。

 崖の下には、黒く淀んだ渓谷が広がっている。


 リーノの体は、ゆっくりと後ろへ倒れていった。


 風が耳元を吹き抜ける。

 景色が遠ざかる。

 音が消える。


(それでも……私は、あなたを……)


 そのまま、彼女の身体は奈落へと落ちていった。


 ――意識が戻ったとき、そこは闇の中だった。

 けれど、暗闇なのに怖くない。

 むしろ、温かい。


 まるで、深い深い胎内のようだった。


(……ここは……死後の世界……?)


「ようやく目覚めたか、人間の魂よ」


 声が聞こえた。

 前にも、どこかで聞いたことがあるような……低く、けれど心地よい声。


「その魂、我が娘に捧げよう。代わりに、憎しみと力をやろう。お前はもう人ではない。――魔族として生きろ」


 その言葉と同時に、リーノの身体が熱く燃えた。

 焼けつくような痛み、骨を砕かれるような苦痛。

 だが、それでも彼女は叫ばなかった。


(これが……転生……)


 強く、強く願う。


(もう一度……生きたい。奪われたものを取り戻すために。――復讐するために)


 炎の中で、リーノの魂が再構築されていく。

 やがて、その痛みが静かに収まったとき。


 リーノは、目を開けた。


 そこは漆黒の天蓋に覆われた部屋だった。

 豪奢な帳と黒金の装飾が、異世界の荘厳さを物語っている。


 自分の手を見る。

 肌は白く、滑らかで、血の気がなく……指先には、細い黒い爪が生えていた。


 鏡のような装飾板に映る自分を見て、リーノは息を飲む。


 紅の瞳。艶やかな銀髪。

 額には、うっすらと魔族の紋が浮かんでいた。


「……私……じゃない?」


 だが、記憶はあった。名前も、過去も、屈辱も。

 自分が何者だったのか。何を奪われたのか。何を、したいのか。


「ふふ……そう。これでいい。これが、第二の私」


 部屋の奥から、気配がした。

 やがて現れたのは――


「ようこそ、リーノ=ノクス。魔王の娘として、今日よりお前は我が家族だ」


 黒いマントを纏った男。

 魔王、ノクス・ダルガン。その紅い瞳には、狂気と誇りと慈しみが混じっていた。


「我が娘よ。復讐したいと願うか?」


 リーノは、ゆっくりと口角を上げた。


「……ええ。私のすべてを奪った奴らに、思い知らせてやりたいの」


「ならば、力をくれてやる。魔族の王家の力を。お前の望みを、叶えるために」


 再びリーノの体に魔力が流れ込んだ。

 それは、人としての限界を越えた強大な力。

 聖女だった頃には届かなかった、黒き祝福。


 かつて神に仕え、光を祈った少女は、

 今や魔に生まれ変わり、闇の力で誓う。


「聖女クラリッサ。王都の神殿。騎士たち……」


 その名をひとつずつ呟きながら、リーノはゆっくりと立ち上がる。


「……私は、あなたたちに復讐する。――必ず」

ここまで読んでいただきありがとうございました


次の話もお楽しみください


一ノ瀬和葉

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