最終話 さよなら、光の中で
大切な人に裏切られ、聖女の座を奪われて――
炎に焼かれた少女リーノは、魔王との契約により魔族の姫として転生する。
かつての親友クラリッサに復讐するため、彼女は人間への情を捨て、闇に生きる。
だが、敵として再び相まみえたクラリッサとの激突の中で、封じたはずの記憶と心が蘇っていく。
「許せない。でも、忘れられない。」
葛藤の末、リーノに待っている結末とは――
魔王城の玉座の間。
神も光も届かぬその場所に、ふたりの少女が向かい合っていた。
リーノ。
魔族の姫として生まれ変わった元聖女。
クラリッサ。
かつて彼女を裏切り、聖女の座を奪った少女。
かつて手を取り合った二人が、今、互いの命を賭けて剣を交えようとしていた。
リーノの放った黒炎が、床を焼き焦がす。
クラリッサは光の障壁でそれを受け止め、反撃の閃光を放つ。
剣がぶつかり、魔力がぶつかり、空間が悲鳴を上げる。
「……やっぱり強くなったね、クラリッサ」
「あなたに……追いつきたかっただけよ!」
クラリッサの剣が風を裂き、リーノの肩を掠める。
リーノは構わず前進し、魔力の爪で彼女を押し返す。
拮抗。
決してどちらが圧倒しているわけではない。
これは、力だけの戦いではなかった。
罪と、憎しみと、許せなかった心の戦いだった。
「リーノ……!」
クラリッサが叫ぶ。
彼女の頬には血が流れ、呼吸も乱れていた。
「わたしは、あなたに憧れてた! でもそれがいつしか、嫉妬に変わって……あなたを傷つけた!」
「……それが、今さら何?」
リーノの声は冷たい。
けれど、剣の動きがほんの一瞬だけ鈍る。
「許されないことだって、わかってる! でも、それでも――!」
クラリッサは剣を振り抜く。
リーノの脇腹を浅く裂いた。
リーノも応じて魔力を放ち、クラリッサを吹き飛ばす。
二人とも傷だらけだった。
呼吸も荒く、もう立つのがやっとだった。
「……これで終わりよ」
リーノが、魔剣を構える。
クラリッサは膝をつきながらも、剣を捨てなかった。
「やればいいわ……わたしの命で、あなたの怒りが収まるなら」
「……何もかも遅いのよ」
リーノは冷たく言い放ち、剣を振り上げた。
その瞳にはもう、人間らしい光は宿っていなかった。
そのとき――
「リーノ、お願い……思い出して」
その声が、空気を震わせた。
剣を振り下ろそうとしたその瞬間。
リーノの頭の中に、まぶしいほどの思い出が流れ込んできた。
微笑むクラリッサ。
修道院の中庭。
一緒に摘んだ野花。
誓った“永遠”の言葉。
「う……ううっ……!」
剣が震える。
そして、ぽろりと手から滑り落ちた。
「もう……殺せない……!」
リーノはその場に崩れ落ち、泣きじゃくった。
「わたし、何をしてたの……!」
クラリッサはよろよろと立ち上がり、リーノに駆け寄る。
「リーノ!」
血に染まった身体を抱きしめる。
震えるリーノの肩を、そっと包み込む。
「大丈夫、もう大丈夫……!」
その瞬間。
何かが、音を立てて崩れた。
──魔王との契約の鎖。
それが、音もなく砕け散ったのだ。
リーノの身体が、ふわりと光を帯び始める。
その身が、徐々に淡い輝きへと変わっていく。
「リーノ……!」
クラリッサが泣きそうな声で叫ぶ。
「私が間違ってた!…だめ……行かないで……!」
リーノは、微笑んだ。
「わたし、もう大丈夫。クラリッサのおかげで……人間の心を、取り戻せたから」
涙が頬を伝いながらも、その瞳は穏やかだった。
「……やっと、赦せた気がするの。
クラリッサのことも、世界のことも、自分自身のことも」
その言葉に、クラリッサは泣きながら首を振った。
「やだ……いやだよ……!」
リーノは、クラリッサの手をそっと握り、最後に微笑む。
「……こうならなければ、きっと――私たち、仲良しの少女でいられたかもしれないね」
クラリッサは何も言えず、ただ俯いた。
そして。
リーノの身体は光となり、ゆっくりと空へ溶けていった。
その表情は、まるで眠るように安らかだった。
リーノが去ったあと。
クラリッサは涙をぬぐい、剣を地に捧げた。
これからの人生で、何を背負っていくべきか。
その答えを胸に、彼女は歩き出した。
リーノのいない世界に、再び朝日が差し込む。
新たな世界の始まりとともに。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
この物語は「奪われたもの」と「赦すこと」について、自分なりに向き合って描いたものです。
主人公リーノは、聖女として生き、裏切られ、命を落とし、魔族として復讐を誓います。
その選択は、読者の皆さんにとっては極端に見えるかもしれません。
けれど、心から信じていた人に裏切られた時、人はどこまで自分を保てるのか――
彼女の苦しみや憎しみは、決して特別なものではないと、私は思っています。
それでも最後にリーノは、心の奥に残っていた想い出を頼りに、剣を止めました。
そして少女のように泣きながら、かつての親友を赦しました。
この作品を通して、「許し」とは敗北ではなく、
誰よりも強くなった人だけができる“選択”である、ということが伝わっていたら幸いです。
この物語を読んで少しでも心に残っていただけたなら作者としてこれ以上の喜びはありません。
また別の物語で、あなたと再会できますように。
心からの感謝を込めて。
一ノ瀬和葉