第十二話 偽りの聖女の真実
神殿の天蓋に似た構造の空間に、リーノは立っていた。
天井のない空。
瓦礫のような白亜の柱が並ぶ、歪な聖域。
「ようやく来たのね、リーノ」
クラリッサの声が響いた。
静かな微笑み。純白のローブ。かつてリーノが纏っていた“聖女の衣”。
「この場所……あなたが作ったの?」
「ここは神が認めし者のための“最終殿”。あなたと私、どちらが“真の聖女”かを決する場よ」
リーノの目が細められる。
「まだ、その座にしがみついてるの?」
「座?」
クラリッサは首を傾げ、微笑む。
「違うわ。私は――最初から、あなたの代わりに“神に選ばれた”の」
その言葉に、リーノの心がかすかに揺れる。
あの夜、聖印が消え、クラリッサの額に輝いたときの光景。
まるで、神が“リーノを拒絶した”ようにさえ見えた。
だが。
「選ばれた? あなたが?」
「ええ。あなたは、自分のために祈ったことがある?」
クラリッサの声が静かに響く。
その響きに、リーノは立ちすくんだ。
「私はずっと、誰かのために祈っていた。国のため、人のため。……でも、その“誰か”には、私自身がいなかった」
「……」
「だからこそ、私は神に言ったの。“今度は、私を救って”って。――そうしたら、聖印は私に降ったわ」
それは自分の中にもあった弱さだった。
“自分”を捨てた祈りが、本当に神に届くのか。
過去、リーノはその矛盾に苦しみ、そして……破れた。
「でもね、クラリッサ。私、気づいたの」
リーノは剣を抜いた。黒き魔族の紋が柄に浮かぶ。
「神に選ばれることより、大切なことがある。――自分自身の意志で、誰かを守ると決めることよ」
「……ふふ。なら、試してみせて。あなたの“意志”が、神より強いかどうか」
クラリッサの手に、聖なる槍が現れた。
白銀に輝くそれは、まるで裁きの象徴。
「来なさい、魔族の姫リーノ。――この手で、“偽り”を討ち払ってあげる」
リーノは叫んだ。
「私は偽りじゃない! あなたのように他人の光を奪って成り立つ“聖女”じゃない!」
二人が走る。
光と闇。過去と現在。聖女と魔族。
激突。
クラリッサの槍が突き出される。リーノはその軌道を読み、横へ跳ぶ。
魔力の奔流が天蓋を裂き、聖域が軋む。
すかさずリーノが黒の魔力を放つ。空間が裂けるような重圧が襲い、クラリッサが盾を展開。
だが、リーノの力はもはや人間のそれではなかった。
再び斬撃――しかし、リーノの剣はクラリッサの槍とぶつかり、火花を散らした。
二人の間に、聖なる光と魔の闇が交錯し、空間が歪む。
どちらかが倒れるまで、止まらない。
「どうして……そんなに強くなったの?」
クラリッサが呟く。
「あなたは死んだはずなのに、どうして……前よりも輝いてるの……?」
その声に、リーノは目を細めた。
「あなたには見えてなかったのね、あの時の私が、どれほど“脆かったか”」
剣を掲げ、叫ぶ。
「私は、死を経て、生まれ変わったの。もう、誰かに“認められること”を望んではいない!」
――斬撃。魔力の奔流。
クラリッサが吹き飛ばされ、聖なる衣が破れる。
彼女は、地に伏した。
「……なぜ……私は……選ばれたはずなのに……!」
涙が、流れていた。
リーノは歩み寄り、その手を取った。
「あなたは、選ばれたわけじゃない。ただ、私が座を捨てたから、空いた場所に入っただけ」
「……!」
「でも、それでも……あなたがその座で“誰かを救いたかった”気持ちは、嘘じゃない。だから、私はあなたを否定しない」
リーノは手を離す。
「だけど、あなたが私を貶め、奪った罪は――ここで、終わりにする」
剣を振り下ろした――が、その刃はクラリッサのすぐ横に止まった。
「復讐はもう終わり。私は、もう“聖女”じゃない。
これからは、魔族の姫として、自分の意志で生きていく」
クラリッサの目から、また涙が落ちた。
「あなたに……その覚悟があるなら……私には、勝てなかったのかもね……」
戦いは終わった。
崩れゆく聖域の中、リーノは静かに剣を収めた。
かつての自分に似た存在を赦し、越えた今――
彼女は、ついに“聖女の影”を完全に手放したのだった。
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一ノ瀬和葉