第90話 これまでのバンドの話をしよう その6
「しっ…失恋で脱退?!」
思わず声が甲高く裏返った。因縁という言葉から想像してたのと全然違う。
もっとこう…音楽性の対立から来るバンド内での軋轢とか、個性と個性がぶつかり合いすぎて起こる火花散るような摩擦とか、なんかそういう熱いのを想像してた。
「そんなことで?!」
「でもまあ…あれは酷かったからなぁ」葵さんが気の毒そうな声を出す。
「ほんとに」と目を細めてコーヒーをすする凛子さん。
「あれが人の世の哀しみってやつかなぁ」
「生きとったら色んなことあるからなぁ」
「いやいやちょっと待ってくださいよ!そんな老夫婦みたいなこと言わないでくださいって!」
思わず私は腰を浮かせた。
「華さんがラフィングスターズのメンバーの子孫とか…そういうのは関係ないんですか?!」
「あんまりねぇな」
「ほら。それはあの子の自慢話の範囲やから」
中腰のまま言葉を失う。
華さんの脱退をめぐる壮大なスケールの物語を勝手に想像してたせいで、かえって理解が追いつかなかった。
華さんの高飛車に笑う顔が頭の中に浮かぶ。
つまり彼女は失恋が原因で脱退した事実を隠して、ラフィングスターズがどうとか、偉そうなことを語っていたということだ。
「なんだよそれ…」私は両手で頭を抱えた。「めちゃくちゃくだらない」
「あっ、でもな」と葵さん。「あの子と凛子が仲悪かったんはホンマやで。あの子が売れるバンド目指してたんもホンマ」
その言葉に私は飛びついた。
「でっですよね!いくらなんでも失恋だけで因縁が生まれるなんて少女マンガじゃないんですから!」
「でも脱退の決め手は失恋だ」
凛子さんがはっきりと告げた。
「プライドの高い華は半ば自暴自棄になって、このバンドを辞めたんだ」
「でも…どうして失恋と脱退がひと繋がりに」
まだ納得がいかない私は頭をひねった。これにはもっと深くて複雑な事情があるはずだ。
「あっまさか…華さんの彼氏を凛子さんが寝とったんじゃ?!」
なんとなく思いついた推理を述べると、目の前の凛子さんが「ぶっ!」とコーヒーを吹く。しぶきの一部が私の顔にまで飛んできた。
「うわっ!汚い!」
「お前のせいだろ!」
あわててティッシュを何枚も引き抜き噎せながら座卓を拭く凛子さん。
「あんたらコントみたいやな〜」葵さんが楽しげに笑う。
「うるせえ!」
「そうですよ!笑い事じゃないです!」
葵さんはそれでもおかしそうに笑っていたけど、ふと真面目な目で私の顔を見た。
「でもな…その推理ちょっと当たってるねん」
「え?!」
私は思わずまた裏返った声を出した。




