第83話 土砂降りとホットコーヒー その1
303号室のインターフォンを押す。
手をすり合わせて白い息を吐きかけながらドアが開くのを待った。
そういえば前回も雨が降ってたな…とぼんやり思い出してると、ガチャガチャと音がして内側からドアが開く。
「早いな春香」と凛子さん。
「早いなじゃないですよ。LINE見たあと急いで学校から帰ったんですから」
それにさっき時計を見たら5時32分だった。ちっとも早くない。
「わるい。葵がバイトの前なら来れるって言うからさ」
「あ、そういう事だったんですか」
「そう。とにかく上がれよ。傘はドアノブにでも掛けといて」
凛子さんにそう言われて中に入った。なんか前も似たような会話をした気がする。
廊下を通ってリビングに入ると、信じられない光景が私を迎えた。
「げっ!まだ夏物の敷物しいてる!うわっカーテンも!」
もう真冬並みの寒さなのに前回来た時とまったく同じ季節感だ。エアコンの暖房が付いているとはいえ見た目があまりにも寒々としてる。
軽く引きながら凛子さんをジッと見つめると、彼女はバツが悪そうな表情で頭をばりばり掻いた。
「仕方ねーだろ… バンドだけじゃなくてバイトもレポートも忙しいんだから」
「それはそうかもですけどもう冬ですよ?」
「お前も一人暮らし始めたら分かるって。自炊と洗濯だけでも大変なんだからな」
そういうものなのかなぁ…と首を傾げてると、凛子さんがキッチンに歩きながら「コーヒー淹れるから葵を起こしてやってくれ」と言い出す。
「えっ葵さん?」まだ来ていないと思ってたのでびっくりする。
「少し前に来てお前が来るまで寝るってさ」
そう言われてベッドを見ると冬物の掛け布団を頭まですっぽり被って人が寝ている。そーっと布団をめくってみると確かに葵さんが静かに寝ていた。
「起きろー。春香が来たぞー」ティファールで湯を沸かしインスタントコーヒーを作る凛子さん。
反応がないので私も肩を揺すってみる。
「葵さん起きてくださーい」
「お母ちゃん…あと5分…」
「私はお母ちゃんじゃないですよ」
「お父ちゃん…あと5分…」
「もっと違います!」
布団を勢いよく全部めくると体を丸めた葵さんがゆっくり目を開いた。
「なんや春香ちゃん…もう来てたんか」
「おはようございます」
葵さんが寝たま伸びをして大きなあくびをしていると、凛子さんが座卓にホットコーヒーを運んできた。
「こっちが春香でこっちが葵」
葵さんはいつもブラックで私のはミルクと砂糖がたっぷり。凛子さんはミルクだけ。蘭子さんはメンバーの中で唯一コーヒーが全然飲めない。
私は敷物の上に正座すると、いただきますと言ってズズッとコーヒーすする。
「うおー温ったかい」冷えた体にコーヒーの温度と砂糖の甘みがじわーっと染みていく。
「ウチも…」と寝ぼけた顔で葵さんがコーヒーを手に取り、よろよろとベッドに腰掛ける。
「こぼすなよ」
「わかっとるって」
一口飲んで目を細め「ああ〜」と声を出す葵さん。まるで縁側に座るおばあちゃんだ。
「さすが最年長」私が思わずポツリと漏らすと、葵さんの鋭い眼光が飛んできた。
「誰が高齢者やって?」
「そっそんな言い方してないですよ!」
私が狼狽えると葵さんが笑いながら「冗談やんか」と手をパーにして上下させる。
仕草が完全に関西のおばちゃんだったけど、そう言いかけたのを頑張って飲み込んだ。
「さて…そろそろ華さんとの間に何があったのか洗いざらい聞かせてもらいますか!」
全員がコーヒーを飲み終えたのを確認してから私はそう告げた。




