第77話 ラフィングスターズの末裔 その6
「ここで...頭を下げろっていうんですか?」
私は賑やかな店内をぐるっと見渡してから、改めて目の前の華さんを見つめた。
獲物の小さなネズミをいじめてニヤニヤ笑う猫みたいな顔がそこにあった。
「そうよ。別に上から目線で情けをかけるんじゃない。あんたがもし『お願いします』って頭を下げれば同じチケット数で勝負してあげるって言ってるの」
「いや...全然上から目線だと思いますけど」
そう言い返したけど華さんは何も言わない。
ただ頬杖をつき、黙って私の返答を待っていた。
ゴクリ...と口の中に溜まる唾液を飲んだ。
どう考えても、そうしてもらった方が私たちにも勝ち目が生まれる。
両者100枚だけで勝負なら凛子さん葵さんの人脈も使えば、何とか売り抜ける希望が見えてくる。
けど...だけど...
「どうしたの? 早く決めなさい」華さんが鋭い眼差しで私の目を見た。
やっぱり...対バンで勝つために頭を下げるなんて情けないマネ、悔しすぎて絶対に出来ない。
「そんなの...するわけ無いじゃないですか。何言ってるんですか?」
私は華さんの目をまっすぐ見返す。音楽の勝負は音楽で勝つ。それ以外にありえない。
すると華さんはハーッと大袈裟にため息を吐いた。
「あんた...気弱そうなくせに変な所だけ意固地なのね。マジであのバンドのメンバーって感じだわ」
「あたり前じゃないですか。もし利口で融通きくような人間ならロックなんかやってないですから」
売り言葉に買い言葉で私はまた言い返した。
「あーもー」とベージュのベレー帽をとって頭をがしがし掻く華さん。
「あんたね、一時のプライドで可能性を逃すとかどんだけバカなの? ちょっとは頭使いなさいよ」
「プライドって...それは華さんじゃないですか」
私と華さんの間にバチバチと火花が散る。華さんがまた私の顔を指さしながら言った。
「じゃあTRUE BLUEが200人集めても勝てるのね?」
「いや...それは」
「ほらみなさい。合理的に考えたら分かることでしょ。こっちは天下のTRUE BLUEよ?」
「うっ...」
なんで正論パンチで説教されてるんだろ...と頭が混乱しながらも、冷静に考えると華さんの言う通りだと思った。
私たちにも対バンで勝てる可能性があるとすれば、それは彼女の提案する条件で戦うことぐらいしかない。
「分かったなら頭を下げて頼みなさい。そしたら寛大な心で譲歩してあげるから」
「でも...」
「勝つためには捨てなきゃならないものだって沢山あんのよ。それを理解しなさい」
どこか退屈そうな声で髪をかきあげる華さん。いつの間にか私の口の中は酷く乾いていた。
そうだ...この対バンは実際は私が引き受けたようなものだ。
じゃあ...ここで頭を下げるのも私の義務なのかもしれない。
絶対に嫌だと言う強い気持ちに反して、頭の中ではそんな思考が駆け巡った。
「あ...あの...華さん...」
「何かしらチンチクリン?」
私はテーブルの表面を漠然と見つめながら、ギュッと両手を握りしめる。そして深く息を吸った。
頭を下げるだけだ...ならムキになることないじゃん...
私の大事な決断が心じゃなく頭に従おうとした。
その時、ポンッと誰かが後ろから肩を叩いた。
「えっ」驚いて背後を振り返る。
するとそこには食べかけのピザを持った咲ちゃんが立っていた。
「い...いつの間に?」
目の前の状況を理解できず目をパチパチしてると、咲ちゃんがニッと笑う。そしてピザを持ってない方の手の親指をグッと立てて言った。
「まだ諦めるには早いぜ相棒!」




