第72話 ラフィングスターズの末裔 その1
「げっ!華さん!」
目の前にコーデュロイのベージュのベレー帽を被って薄手のコートを着た華さんが立っていた。
思わず咲ちゃんにしがみつく。同時に嫌な人に出会ってしまったという感情がそのまま表情に出た。
「げってなによ、げって!? そんな顔しなくてもいいじゃない!」
心外そうな顔で声を上げる華さん。私の顔を指さして手をぶんぶん振っている。
「えっこのひとが華さんなん?」咲ちゃんが驚いた表情で目を大きくして聞いてきた。
うん、と彼女の腕にしがみついたまま頷く。すると咲ちゃんは意外そうな顔でまじまじと華さんを見つめ、真剣な声音で呟いた。
「こんな小さいギャングのボスがおるねんな...アポトキシンでも飲んだんかな」
「だからギャングじゃないよ咲ちゃん」
「あんたら全部聞こえてるわよ! あとアポトキシンってコナンが飲まされたやつじゃない!」華さんが顔を真っ赤にして声を荒らげる。
ふと嫌な視線を感じてあわてて周囲を見渡した。そしたら案の定、パイ山で待ち合わせしている近くの人たちが騒ぐ私たちを変なものを見る目で見ている。
「は...華さん。私に用があるなら少し場所変えましょ」
そう告げると彼女は当たり前だと言う顔をした。そしてフラワーロードのある東の方へ歩き出す。
「ついてきなさい」
私たちを振り返って華さんはそう言った。
私と咲ちゃんは顔を見合わせる。場所を移そうとは言ったけど、そっちはより繁華なエリアだ。逆に人が多くなってしまう。
その小さな背中に声をかけた。
「あのー...私たちこれから用事あるんですけど」
「異人館に映えるやつ撮りに行くねん!」
すると華さんはまた振り返って真顔を向けてきた。
「今のあんたに来週の対バンより大事な話ってあるの?」
「そりゃ...ないですけど」
「じゃあ黙ってついてきなさいよ」
私と咲ちゃんはまた顔を見合せた。どうするべきか迷っていると咲ちゃんが力強い目で頷く。そしてギュッと拳を握りしめた。
「ここは覚悟を決めて組織のアジトに乗り込むべきやで。そんで私らで一網打尽や!」
「だから咲ちゃんだけ何と戦ってるの?」
私はため息を吐き、それから華さんの背中を追った。仕方ない。別に待ち伏せで私たちをやっつけようってわけじゃないだろうし。
「で...どこ連れてく気なんですか?」
「黙ってついてくれば分かるわよ」
「なあ...それより2人ともお腹空かん? まずは腹ごしらえせん?」
咲ちゃんが私の隣を歩きながら悲しそうな顔でお腹を押さえる。ぐーっとお腹の鳴る音がした。
「お昼ごはん食べてからまだ1時間も経ってないよ...」
呆れてそう言うと、前を歩いている華さんがふと私たちを振り返った。そしてすごく冷たい声を出した。
「言い忘れてたけどあんたは来ないで。これは私とチンチクリンの話だから」
「え〜っ?!」と咲ちゃん。
「ひっどーい。別にいいじゃないですか」
華さんは急に立ち止まるとその場でクルッと回転し、また私の顔を指さしてきた。
「うっさいわね!真面目な話なのよ!」
「じゃあ私行きません」
「そうやそうや!私と春ちゃんはこれからラーメン食べに行くんやから!」
「ラーメンは行かないよ...咲ちゃん」
「いいから黙ってついて来ればいいじゃない!」
華さんはまた大きな声を上げると、私の左腕を両手で乱暴に掴んでぐいぐい引っ張った。
ほとんど背丈も体格も変わらないけど全力で引っ張られると引き摺られそうになる。
「わかった!わかりましたって!」
バランスを崩しかけた私は焦ってそう言った。そして私の手を掴もうとしている空腹で弱った咲ちゃんにも声をかけた。
「ちょっとだけ待ってて! すぐ戻って来るから!」




