第71話 異人館を目指して
「いやーなかなかの撮れ高でしたなー」
センタープラザ西館を出て三宮センター街を歩きながら、咲ちゃんが満面の笑みを浮かべる。
「でも...ちょっと恥ずかしかったかも」
私は彼女の左側を歩きながらそう呟いた。
演奏動画の撮影のあと。いつもより5割増しでテンションが上がっている咲ちゃんから、日曜にTRUE BLUEとの対バンがあると聞いた浅井さんが、なんとチケットを買うと言ってくれた。
「Very'sの公式HP、バンドのXのアカウントから当日券の取り置きもできまーす」
スマホを手に、まるでバンドのマネージャーのような口振りで凛子さんが管理するアカウントを教える咲ちゃん。
そうしていたら、お店にいた2人組のお客さんまで「ライブやるんですか?」と声をかけてきたのだ。
予想外の展開に私がおろおろしていると、咲ちゃんがその人たちにも要領よく説明してくれた。
神戸外国語大学の学生だという2人組のお客さんは、その場ですぐにVery'sのHPで対バンのチケットの取り置きを申請したあと、
「ウチの軽音部のやつらにも対バンあるの教えときます。ライブ絶対投票するんで頑張ってください。あとギターめっちゃ凄かったです」
そう言ってくれて、最後は中村さんの発案でその場の全員で集合写真まで撮ったのだ。もちろん私が真ん中で。
でも当の私は緊張と気恥ずかしさで体がガチガチだった。
写真の中の私は間違いなく、目も当てられない変な表情になってる思う。
「もっと自信持とーや春ちゃん!きっとインスタ大作戦も成功するで! 」
「だ...だといいよね」
うきうきの咲ちゃんとちがって、インスタに投稿された動画がどうなるか私は今から心配だ。
炎上とかしなきゃいいけど...
「むふふ...あとはインスタ大作戦を理由に葵様の生動画を撮れれば完璧ですな」
「心の声が漏れてるよ...咲ちゃん」
私たちはセンター街を東に抜けると、今度はJR三宮駅前の横断歩道を北に渡った。
三宮駅からしばらく歩いた北野という山の手のエリアに、異人館街と呼ばれる、明治から昭和初期にかけて建てられた洋風のお館が今もずらっと並ぶ有名な映えスポットがある。
咲ちゃんのアイディアでそこでもライブの宣伝になりそうな写真を撮ることになったのだ。
そのあと異人館と三宮駅の間にある北野坂という坂道沿いにあるケーキ屋さんでお茶することも彼女の提案の中に入ってるんだけど、私はこっちこそが本命なんじゃないかと密かに思ってる。
横断歩道を渡るとすぐパイ山ことサンキタ広場に出た。今日待ち合わせした広場だ。
ここからさらに北に歩くと北野坂、そしてその先に目当ての異人館がある。
「よし!がんばって歩くで!」咲ちゃんが右手を空に向かって突き上げた。
パイ山から異人館までの距離は大したことないけど、北野坂の傾斜のエグさは神戸でも有名だ。
「お...おー」だから私は坂を登る前からもうすでに、今朝強打した腰の行く末が心配だった。
私たちは元気もりもりの咲ちゃんを先頭に山の手に向かって歩き始める。
そのとき突然、聞き覚えある女性の声に背後から呼び止められた。
「ちょっと待ちなさいチンチクリン」
こんな失礼なあだ名で私を呼ぶひとなんて、この世にひとりしかいない。
反射的に足を止めギョッとして振り返る。
そこには私とほとんど背丈の変わらない小柄な女性が腕を組んで仁王立ちし、ムスッとした表情でこちらを睨んでいた。
私たちとの対バンを勝手に決定した張本人、TRUE BLUEの華さんだ。




