第66話 日曜日よりの使者 その5
「おっ、うまい。なんかね、スパイシーなコロッケみたいな感じ。ほら春ちゃんも食べ」
サモサを手掴みで頬張りながら、まるでお正月の親戚の叔母さんみたいに私にもぐいぐい勧めてくる。
「そんな食べらんないってば。カレーもまだ半分残ってるし」
「またまた〜。食べ盛りやねんから遠慮せんでええって」
遠慮なんて1ミリもしてないんだけど、小皿にひとつ載せて渡してくるので仕方なく受け取った。見た目は大きな揚げ餃子っぽい。
同じように手掴みでかぶりつく。パリッという揚げた皮の食感の後にマッシュしたじゃがいもの柔らかな食感、そしてインド料理らしいスパイスの香りが口いっぱいに広がる。
ちょっとジャンキーな美味さだ。
「ほんとだ...これおいしい」
「やろ。もうひとつ頼もかな」
「さすがにやめときなって。陸上部引退したんだから簡単に太るぞ」
「春ちゃん...事実陳列は罪やねんで」
「え? マジで体重増えたの?」
「引退してからな...3キロも増えました...」
咲ちゃんが珍しく哀愁に満ちた表情をする。
あまりにも物悲しげな雰囲気だった。
「そ...それはそうとさ、どうやって40枚もチケット買ってもらえたの?」
私はあわてて話を変えた。というか戻した。今日彼女に呼び出されたのはまさにその話のためだ。
「ふつうに友だちと陸上部の先輩後輩に声かけてん。親友のバンドのライブ来てくれへん?って」
「あ...赤の他人のバンドのチケ買ってくれるほどの友だちがそんなにいるのですね...」
私は心底震えた。そうか。これが陽キャという最上位カースト人種の底力なのか...。
「金曜の夜にな、葵様からLINE来てお願いされてん。なら一肌脱ぐっきゃないやん。春ちゃんの命運もかかってんねんから」
ニッと笑って腕まくりする咲ちゃん。そして四つ切りになったチーズナンを一口頬張る。
「や...やばっ。春ちゃんもほら、熱いうちに早く」
遠慮しても無駄なので素直に1ピースもらう。そしたらびっくりするくらい美味しかった。
二人であっという間に2ピースずつ食べ、先に食べきった咲ちゃんが話を続けた。
「でもホンマのこと言うとな...私だけの葵様をみんなの葵様にするのはちょっと辛かってん」
「みんなの?」
「すんっっっごいイケメン女子がおるって...陸上部のみんなに教えてしまってん。そしたら行けたら行くって言うてた全員が即答で『チケット買う!』って」
「うわぁ...」
咲ちゃんの友だちをとんでもない事に巻き込んでしまったかもしれない。そう思うとすごい罪悪感に襲われた。
「でも春ちゃん」咲ちゃんが突然また真面目な顔をする。
「なに?」
「40枚売れたぐらいじゃ全然あかんのやろ?150枚売れてやっとイーブンやって」
そうだ。Very'sのキャパは300人強。チケットが完売した場合、もしこちらが150人のお客さんを呼べてもまだTRUE BLUEの方が有利になる。
「でもまあ...凛子さんが大学の友だちとかバイト先の人にも声かけるって言ってたし」
「それでほんまに150人以上呼べるん?」
「それは...」
私は返答に詰まった。たぶん無理だ。
1年半前にカミングコウベというライブのオーディションを受けた時。凛子さんと蘭子さんの神戸大学の友だちも会場に来てくれたけど、30人より少し多いくらいだった。
「そこで春ちゃんよ。私によい作戦があります」
「えっどんな?」
すると咲ちゃんは顎に手を当てて、またニィーッと不敵な笑みを浮かべた。
「春ちゃんにも一肌脱いでもらいます!」




