第60話 透明少女 その3
「ひょっとして...これって」
『神隠し』
その三文字が脳裏をよぎる。
あの、蘭子さん、そして華さんが迷い込んだっていう現実には存在しないはずの駅。
けど私が想像してたよりずっと暗くて廃れていた。まるで大昔の文明の遺構みたいだ。
その時だった。
どこからともなく、大型哺乳類の低い呻き声のようなものが聞こえてきたのだ。
思わずビクッと震える。
パッと突然、闇の中に眩しい光が見えた。目が痛い。とっさに右手を広げて目の前を覆う。
目を細めて、指の間から謎の光を見た。
すると唸り上げて闇の中から現れたのは、もうとっくに見慣れた小豆色の車両。
阪急電車だ。
「もぉー...脅かさないでよ」
怪物でも来るのかと思っていた私はホッと胸を撫で下ろす。
でもよく考えたら電車のホームに電車が来るのは当たり前か。どうして夢の中ってこう頭の回転が鈍くなるんだろ。
まあ普段から頭の回転は良くないんだけど...
そう思っていると、目の前で音もなく阪急電車の扉が開いた。中はとても明るい。
この寂れたホームとは大違いだ。
けど、乗客が1人もいない。
誰も乗っていない電車がどこか孤独そうに、私ひとりのためにドアを開けて待ち続けていた。
せっかくだし...乗ってみるのもありかな?
なんとなく、その電車に乗り込もうとした。
その時。今度は電車が風を切る時の唸り声とはまったく違う、固くリズミカルな音が聞こえてきたのだ。
タンタンタンという音。
ホームに高く反響するそれは、明らかに誰かが駆ける音だった。
「え?」
とっさに足音のする方を見て、私は言葉を失った。
「蘭子...さん?」
それはホームに設置された階段を駆け下りてくる、蘭子さんの姿だったのだ。
10メートルほど離れていたけど、間違いない、それは私の知る彼女そのものだった。
「ら...蘭子さん!」
夢だということも忘れて、私は必死に叫びながら駆け出す。
でもおかしな事に、蘭子さんにはまるで私の姿が見えていないようだった。
蘭子さんは階段を降りると、そのまま逃げるように阪急電車の中へと駆け込もうとする。
長い髪が、風になびくように宙を舞っていた。
「蘭子さん!蘭子さんってば!」
彼女の名前を何度も叫んだ。それでもまったく私の存在に気付いてくれない。
彼女の手にはLPレコードが抱きしめられている。蘭子さんを失踪まで追い詰めた、あのレコードが。
そんなものを手に入れてしまったばっかりに。
「それは...」
だから私は走りながら全力で叫んだ。
「それは幻の1553番だ!」
そう叫んだ時、私の目の前で蘭子さんを乗せた車両のドアが閉まった。
そのまま阪急電車は音もなく動き出す。
そんなもの捨てちまえ、という言葉は最後まで言えなかった。




