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BLUE in the ガールズバンド  作者: あまだれ24
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第6話 失踪とコメダ珈琲 その2


一瞬の静寂がふたたび喧騒を取り戻す。


ピアノの音は大勢の話し声の中に埋もれた。


凛子さんがテーブルに右肘を突き、少しだけ斜めになって身を乗り出す。


利き手の左手に持ったフォークを落ち着きなく振りながら、凛子さんは続けた。


「ブルーノートの名前は聞いたことあるよな?」


私は頷く。音階の名前だ。


「たしかブルースで使う音階…ですよね。ギターで弾いたことあります」

「そっちのブルーノートじゃない。アメリカの音楽会社のブルーノートだ」

「音楽会社? 」


凛子さんみたいな音楽マニアじゃないから心当たりがなかった。


「正確にはジャズ専門のレコード会社の名前だ。聞いたことないか?」

「さすがにジャズはわかんないですって」

「あ、そっか…」


凛子さんは目を細めてジッと宙の一点を見詰めた。


頭を回転させてる時によくする表情だ。


「まあなんだ…ブルーノートってレコード会社があるんだよ。昔からあるジャズの会社だ。名前の由来は春香が言ったとおりブルースの音階名から来てる」


凛子さんは一旦コーヒーで喉を潤した。


私もぬるくなったホットコーヒーを一口飲む。


「蘭子がその未発見アルバムのレコードを見つけたんだ。いや…本人がそう言ってるだけで本当にそうなのかは私にも分からない」


いつもの凛子さんと違いモヤモヤする話し方だ。


怖いほど空気を読まない葵さんとはまた違う意味で、自分の考えをキッパリ言い切るのが凛子さんのはずだ。


「はっきり教えてくださいよ。今日の凛子さんちょっと変ですよ」


すると凛子さんは苛立たしげにガシガシ頭を搔いた。


「わかってる、わかってるよ。ただ…私だって混乱してるし信じられないんだ」


その時当たり前のことに気付く。


そうだ。


凛子さんだって同じ大学の友人でもある蘭子さんが失踪して平静でいられるわけない。


「すみません。そうですよね、蘭子さんが失踪して冷静でいられるわけ…」


「ブルーノートの幻の未発見アルバムが見つかるなんて信じられない。しかも日本でなんて!」


両手の平を見つめ小刻みに震える凛子さん。


えっ?


蘭子さんの心配してたんじゃないの? 嘘でしょ?


「最低…」

「ん? 何が?」


キョトンとした目で見てくる。


このひとやっぱりちょっとおかしい。まあ前々から気づいてたけど。


私はため息を吐き話を戻した。


「で、どうしてその幻のレコードが蘭子さんの失踪に繋がるんですか」

「ああ。それなんだけどな…」


凛子さんが真面目な面持ちになる。


「ブルーノートにはな、『1500番台』って呼ばれるレコードが99枚あるんだ」


「99枚だけ限定で発売されたレアなレコードがある…ってことですか?」


「いやそうじゃない。1501番から1600番までの品番が99作のアルバムに当てられてるんだ」


真面目モードの凛子さんが続ける。


「なんで100枚じゃなくて99枚かって言うと、『1553番』が欠番になってるからなんだ。

それが未だに発見されてない『伝説のアルバム』なんだよ」


「伝説の…アルバム…」


LINEのメッセージでもそのワードを見た。


「そうだ。関係者さえそのアルバムが何なのか把握していないっていうんだから、本当に都市伝説的な幻の作品なんだよ」


そこで言葉を止めてアイスコーヒーをストローで吸う。


私はおずおずと尋ねた。


「でも…それがどうして失踪する理由になるんです?」


そう聞くと凛子さんは眉間にシワを寄せ、険しい顔を見せた。


「あいつ…スランプだったんだよ」

「蘭子さんがですか?!」


また思わず大きな声を出してしまう。慌てて声を潜めた。


「で…でも蘭子さん…この前も新曲作ってきてくれましたよね。私すごく気に入って、次のライヴでやろうって決めたじゃないですか」


「本人は出来に納得してなかったんだ。気が付かなかったか?」


言葉に詰まる。


気付くどころか、蘭子さんにスランプなんて絶対にないと思っていた。


どんな演奏でも完璧にこなし、どんなテイストの楽曲でもすぐに作れてしまう天性の音楽家。


こういう人がきっとプロになるのだと、いつもそう思ってその背中を眺めていた。


「蘭子は恐らく…ブルーノートの『1553番』を見つけたことで何かが弾けたんだ。

スランプの中でまだ誰も聴いたことの無い圧倒的な作品に出会った。それが多分…失踪の理由だ」


「でも…そんなことで失踪までします? 」


蘭子さんの失踪を認めたくなくて、そう反論していた。


「私なら大発見だって自慢してバズったり音楽雑誌に載ったりしたいですけど」


「それはスランプじゃないやつの発想だろ」


凛子さんは呆れた声で言うと、もう冷めきってしまったナポリタンをフォークに絡ませた。


伸びて塊になったパスタに豪快に食らいつく。


「私には…よく分からないです」


「私だって信じらんねーよ」


「そうじゃなくて蘭子さんみたいな凄い人がスランプになる理由ですってば!」


「だから私だって同じ気持ちだよ。なんであいつみたいな天才がスランプになったり、行方くらましたりすんだって。私らに心配かけてどうすんだよ」


「あ…」


凛子さんのことだからてっきり例のレコードの事を言ってるのだと思い込んでいた。


やっぱり凛子さんも蘭子さんのことが気が気ではないのだ。


「すみません」

「なんで春香が謝るんだよ」

「いえ、ごめんなさい」

「変なやつだな。まあ前からそうだったけど」


凛子さんは怪訝な様子でそう言い、ナポリタンを食べ終えるとおしぼりで口元をグイッと拭った。


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