第57話 崖っぷちガールズ
「次のスタジオは来週の土曜。忘れて予定入れんなよ」
凛子さんが夜の路上で私たちの顔を見て告げる。
もちろん後半はジョークだ。忘れるわけない。
来週の土曜。その日はTRUE BLUEとの対バンの前日だった。
「あ、あの…やっぱり明日も練習しませんか?」
咄嗟にそう提案していた。
結局、今日の練習では新曲を含めて、蘭子さん抜きの演奏を納得いく形にすることが出来なかったのだ。
葵さんが手がけた蘭子さん抜きのアレンジは、巧みにキーボードの音の足りなさを補っていた。
けど。やっぱり蘭子さんのいないアンサンブルは音だけの問題じゃなくて、致命的に私たちらしくないように思えたのだ。
「春香ちゃん」
葵さんが穏やかな口調で言った。
「気持ちは分かるけど、いきなり明日の予約押さえられへんと思う。今日のスタジオ押さえられたんもすごいラッキーやってんから」
「で、でも」
「私と葵は明日バイトがあるし、お前だって受験勉強あるだろ?」
凛子さんが諭す調子で重ねる。
「そう…ですけど…」
もし対バンで負けたら、私はこのバンドを脱退しなきゃいけなくなる。
もちろん、こうなったのは私の責任なんだけど。
「心配するな春香、手応えはある。蘭子抜きの演奏は間違いなく次の練習で完成する」
凛子さんが真面目な声で言った。でも、何を根拠にそう言ってるのか分からない。
「そう…ですか?」
「春ちゃん。演奏も曲も大事やけどな、重要なんはウチらがどれだけお客呼べるかや。ほんまの勝負はここにかかっとる」
「それくらい私だって分かってますよ」
対バンでは最後に専用のアプリで投票をして、私たちとTRUE BLUEの勝敗を決める。
2年前のカミングコウベのオーディションの時と同じやり方だ。システム上、ファンや知り合いを多く呼べた方が当然有利になる。
「もともと…TRUE BLUEのワンマンの予定だったんですよね。それで1週間前からチケット販売するつもりだったの…すごく強気ですよね」
アマチュアでもライブ1週間前にようやくチケットを売り出すなんて普通はしない。
でもTRUE BLUEはそれが普通らしかった。明らかに意図的な半ばゲリラ的なライブの開催だ。
そして、チケットは毎回売り切れる。
Very'sのキャパは300人強。
今回の対バンのルールでは、そのうちチケット100枚がまず両バンドに与えられていて、残りは最初の100枚が早くはけた方から追加で売ることが出来る。
対バンのチケットの販売は、本来のワンマンの予定通り明日からだった。
「友だち何人呼べるかな?ってやつやな」と葵さん。
「しゃーない。バ先とうちの大学の軽音部で泣いて土下座して回るか」
「伝家の宝刀やな。プライドかなぐり捨てた女に不可能はないからな」
2人は顔を見合せて声を出して笑う。
私はどうしてこのふたりがこんなに余裕をかましてるのか分からなかった。
それぞれ三宮駅からJRと阪急に乗る葵さん凛子さんと別れて、私は徒歩で自宅に向かう。
立冬を再来週に控えた神戸の夜はとても寒い。
私はさっき通り過ぎたばかりのトアロードの方を振り返った。吐く息がかすかに白かった。
この対バンは…
トアロードの賑やかな雑踏をぼんやり眺めながら思う。
きっと私たちが負ける。




