第55話 誰しも天才になりたかった その4
「でも…」
彼女の盗作理由を知り私はうろたえた。
スランプで追い詰められていたのは華さんも同じだったのだ。
でも、蘭子さんは盗作ではなく失踪を選んだ。
あのレコードに対する向き合い方が2人ではまったく違う。
失踪なんて褒められた事じゃない。けど、それでも、私は蘭子さんのほうが音楽への向き合い方として誠実だと思った。
「気持ちはわかります…でもやっぱり盗作は間違ってます」
目を潤ませる華さんをまっすぐ見てはっきり言う。
すると華さんはまた手の甲で目元をぐっと拭って鼻をすする。そして忌々しげに吐き捨てた。
「あんたもしつこいわね… そもそもあんたには関係ないでしょ!」
「ありますよ」
「ないわよ!」
「ありますって! だってTRUE BLUEのオリジナル曲かっこいいじゃないですか! あんな曲が書けるんならスランプでもなんでも盗作に逃げちゃだめですよ!」
私はその涙に濡れた目をジッと見つめた。華さんは険しい表情で鋭く睨み返してくる。
「なにそれ…やっぱり何も関係ないじゃない」
「そうですよ目の前の華さんには関係ないです。でも私は…地団駄を踏んだりコーヒーを吹いたりする華さんじゃなくて…
私がかっこいいと思ったTRUE BLUEの作曲家でギタリストの華さんに言ってるんです!」
今日のライヴの華さんの姿が脳内再生される。
私と同じフェンダーの青のストラトを使ってるのに、私よりもずっと演奏が上手かった。
それに何よりオリジナル曲が好きだった。
本当にかっこいいと思ったのだ。
だから。
「華さんは華さんの音楽をやってください」
「あんた…マジでめんどくさいわね」
チッと舌打ちする華さん。それからハーッと大きな溜め息をついた。
「わーったわよ」と帽子をとって頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。
「わかってくれたんですか?!」そう言おうとした時。
「来週の日曜日にまたvery'sでTRUE BLUEのワンマンライブがあるのよ。そこで決着つけましょう」
「え?」
華さんが何を言ってるのかすぐに理解できず私は目をパチパチした。
決着…?
「対バンすんのよ。11月3日は文化の日だから決戦の日にはもってこいでしょ?」
「ええっ?!」
突然すぎて思考が混乱する。対バン?!
そんな私を見てニッと不敵に笑う華さん。
「観客投票をやってあんたらが勝てばもうあのレコードのコピーはやめる。どう和島?」
華さんが葵さんの方に声をかける。
釣られて後ろを振り返ると、よほど寒かったのか凛子さんが葵さんのアウターを借りて着ていた。
その横で今度は葵さんがちぢこまっている。
というか2人ともブルブル震えている。
凛子さんは歯をカチカチ鳴らしながら弱り切った声でか細く呻いた。
「上着ぐらいじゃだめだ…風呂入んないと」
「ほんならそれ返してーや」アウターに手を伸ばす葵さん。
「嫌だよ!」凛子さんは必死の形相でその手をかわす。
葵さんはほとんど凛子さんに抱き付く形でアウターを乱暴に掴んだ。
「この前貸した2万だってまだ返してもらってないだろ!」
「それは関係ないやん!」
「春香!こいつなんとかしてくれよ!」
何をどうしたらいいんだ。
いい大人が揉みくちゃになる光景と呆れ顔の華さんを戸惑って何度も交互に見た。
やがて華さんが苛立たしげに溜め息をつく。それから改めて私に向かって口を開いた。
「ちんちくりん」
「あっはい」
うっかりその呼び名に返事をしてしまう。
しまったと思っていると、華さんが挑発的な声音で続けた。
「決着は来週の日曜日。文句があるならコピーじゃないあんたらのオリジナルの音楽であたしに勝ちなさい」
そして私の目をまっすぐ見て真剣な声と表情で重ねる。
「あたしが勝ったら…その時はあんたにTRUE BLUEに入ってもらうからね」




