第49話 ホンモノとニセモノ その3
華さんが目を剥いて「ぶーっ!」とホットコーヒーを吹き出す。
コーヒーはジェット噴射のように真正面に座る凛子さんの顔面にまともに命中し、「ぎゃー!」と凛子さんの悲鳴が店内に響き渡った。
ただ事じゃない騒ぎ声を聞いた店員さんが飛んできて、惨事を見ると慌ててUターンし、タオルを2枚持って戻ってくる。
「おおきになー」と通路側の葵さんが凛子さんの分を受け取り、奥に座る凛子に渡す。
凛子さんは顔中からコーヒーの褐色の雫を垂らし、目に入ったらしく今まで見たことない情けない顔で喘いでいた。
私も代わりにタオルを受け取って、隣の華さんに渡そうとした。
けど華さんは目を全開に見開いたまま硬直し、焦点の合わない目で瞬きもせず小刻みに震えている。
「やっぱりクロですね」
明らかに正常じゃない彼女の挙動に、私は犯人を追い詰めた刑事よろしく言った。
「せやな。ちょーっと話聞かせてもらわなあかんな」葵さんが華さんをまっすぐ睨みつける。
「な、な、な、な、な、なによあんた達?!」
華さんは見開いた目で私と葵さんを高速で交互に見る。呂律が回っていない。
「なによ、じゃないですよ。やっぱり盗作してたんじゃないですか。なんでそんな事するんですか?みっともないですよ?」
私は胸中の蟠りを一気呵成に吐き出す。
「い、い、い、い、い、い、いったいなんの事かしらー?」
あくまでシラを切る華さん。
でも喋る度に前歯がぶつかってカチカチ鳴るし、呂律も回らないし、額に尋常じゃないくらい汗が滲んでいる。
「しらばっくれないでください。ネタは全部上がってるんですから。どうして盗作なんかに手を染めたんですか?」
華さんに顔をめいっぱい近付けた。超至近距離だ。
「あっ…あっ…」
汗ダラダラの華さんが震える目で私の目を見つめる。
あんなにかっこいいギターを弾ける華さんが盗作なんて下品な真似をした理由を、本人の口から聞きたかった。
聞くまでは目を逸らすつもりも逸らさせるつもりもない。
と、その時。
「あっ…あっ…ウッ」
不意に華さんが遠い目をして両手で口をギュッと押さえる。そのまま動きが固まった。
「えっ?!」私は反射的に腰を浮かせる。
リバースを予想して仰け反る私を後目に、華さんは数秒間、その逆流する衝動と戦い続けた。
「あ…あたしがこんなとこでゲロ吐くわけ…な、ないじゃない」
衝動に勝利した華さんは肩で息しながら見上げてくる。白目が充血して真っ赤だ。
その口元には「どうだ見たか」と言わんばかりの笑みが浮かんでいる。
華さんにナゾの勝ち誇った目を向けられ、どう応じたらいいか困って中腰のまま立ち尽くしていると、ポンッと葵さんが手を打った。
「ほんならちょっと店出よか。華もこれ以上は人に聞かれたくない事もあるやろうし」
葵さんが店内をぐるりと見渡す。
華さんを気遣うような口振りだけど、コーヒー逆噴射まで一気に追い詰めた葵さんがそう言うのはなんていうか、すごく皮肉っぽかった。
「あ…あんたらに話す事なんて別にないわよ」
華さんはあくまで突っぱねる。
けど、シラを切ろうにも盗作がバレている以上、それは無理だ。
「正直に話して楽になりましょう。なんで盗作なんてしたんですか?」
私は改めて言った。
と、そこで凛子さんの声が割って入る。
「勘違いするな春香。いまこいつに聞かなきゃならないのは盗作の事じゃない、蘭子の事だ」
私と華さんは同時に凛子さんの方を見る。
顔に命中したコーヒーを拭き切った凛子さんは、ちょっと充血した目で私と華さんを交互にする。
「蘭子? 蘭子が…一体どうしたのよ?」
華さんは要領を得ず、ただキツネに摘まれた表情で私たちの顔を見渡した。
「行くぞ」凛子さんが伝票に手を伸ばして立ち上がる。
葵さん、凛子さんと席を立つ。私とキョトンとした華さんは無言でその後を追った。




