第46話 華さん来たりて毒を吐く
「待たせたじゃない」
夜の駅前の雑踏を背に、街灯の明かりを浴びて立つ小柄な女性。
まちがいない。華さんだ。
不敵な笑みを浮かべ、サッとセミロングの茶髪をかきあげる。
秋物のベージュのコート、頭にはコーデュロイのベレー帽。そして背中には大きな楽器ケース。
私はその姿に見覚えがあった。
「あっ」
と思わず声が出る。
あの日、下心全開の咲ちゃんと私がロコモコをおごってもらった帰り道、葵さんの視線の先にいた楽器ケースを背負った小柄な女性。
あの女の人とまったく同じ格好だった。
「久しぶりやね華。いつこっちに戻って来たん?」
葵さんがベンチから立ち上がる。友だちに話しかけるような柔らかいトーンだ。
けどその葵さんの目付きは、私が今まで一度も見たことないほど険しかった。
「あーら誰かと思えばその声、和島じゃない」
華さんは目を三日月みたいにキュッと細め葵さんを凝視する。
和島は葵さんの苗字だ。
「ちーっとも名前聞かないから岐阜に帰ったのかと思ってたけど、まだ神戸にいたんだ。売れないバンド続けるの大変でしょ?」
明らかに上から目線で相手を嘲笑する、挑発的なトーンだった。
凛子さんがすかさず鋭い声を出す。
「華、お前は私らに喧嘩売るために呼び出したのか?」
「まさか、そんなに暇じゃないもの。知ってるでしょ? すっごく忙しいって」
唇に右手のひとさし指をクの字で当て、不敵な笑みを浮かべ続ける人気バンドのリーダー。
あからさまに無名に甘んじてる私たちを見下していた。
こんな嫌味な人があんな格好良いカッティングを弾いていたなんて、ちょっと信じられなかった。
分かりきったことだけど、音楽の才能に人間性はちっとも関係ない。
才能なんてそういうものだ。
でも、あの格好良さとのギャップが私の中でうまく埋められなかった。
葵さんが少し苛立った声で続ける。
「ウチらもいま大変やねん。蘭子おらんやろ」
「そういえばそーね。代わりに見た事ないチンチクリンがいるけど…」と華さん。
その目がはじめて私に向く。
「そいつがあたしの代わりなんだ」
つまらなそうな様子で言って、またサッと視線を外した。
「そいつって…」
初対面なのに「そいつ」呼ばわりされて、ちょっとイラッとする。
ていうか華さんだって私と同じくらいチンチクリンだ。
たぶん私と同じで155センチくらいしかない。
その時ふと無数の視線に気付く。
私たちの周りに座ったり立ったりしている無関係な人たちがスマホから顔を上げ、この険悪な状況にチラホラと視線を向け始めていた。
まずい…
このまま喧嘩になって華さんに帰られたら、あのレコードの事を聞けなくなる。
私はそう思ってあわてて立ち上がった。
「あっあの!」
3人の視線(と周りの視線)が一斉に私に突き刺さる。
「なに?」
「なんだ春香?」
「なんなん春香ちゃん?」
全身に鋭い視線が刺さるのを痛いほど感じながら、私は懸命に言葉を続けた。
「お、お腹空かないですか?!」
そのとき運良く華さんのお腹がグゥーっと鳴る。
「場所変えましょ!ね?!」




