第45話 宴のあと
予定通り、午後8時にTRUE BLUEのライブは終わった。
お客さんは皆、まるで奇跡でも体験したような、どこか呆然とした様子でVery'sを後にする。
アマチュアのライブでこんな顔をしている人たちを、私は今まで一度も見たことなかった。
私たちも階段を上がって外に出る。もうすっかり夜だ。
お客さんの中で険しい表情だったのは、きっと私たち3人だけだと思う。
そのあと私たちは言葉少なに歩いた。
指定された場所、JR元町駅の駅前で約束の時間が来るのを待つためだ。
ここはこの前、泣いている咲ちゃんを慰めた、あのベンチのある場所だ。
私たちは会話もなくベンチに腰を下ろしたり、立って腕組みしたりして待っていた。
私はベンチに座りお母さんにLINEを送る。
夜の8時を過ぎる時は連絡を入れるという我が家のルールだったけど、あのライブのせいで今まですっかり忘れてた。
「あのー…指定されたのって8時半ですよね?」
私はスマホから顔を上げ、目の前で腕組みして立っている凛子さんに確認する。
「ああ」
「もう過ぎてますけど」
スマホの時計はすでに夜の8時42分。約束の時間を12分もオーバーしていた。
そのときお母さんからの返信が来る。
大人の凛子さんと葵さんと一緒だと伝えているから、『気をつけてね』の一言だけだ。
私は咲ちゃんから貰った、名探偵コナンの蘭姉ちゃんが『OK』と言っているスタンプを返した。
葵さんは私の隣でボーッと空を見上げている。凛子さんは、今気付いたけど、右足をトントンと踏み続けていた。
いつもはドラムのペダルを踏む足が、苛立たしげなリズムを刻む。
よく見ると左手の人差し指と中指には、あの白いメモ用紙が挟まれていた。
ライブハウスのスタッフを経由して凛子さんが受け取った、華さんからのメッセージだ。
そこにはボールペンの走り書きで短く『今日8時半 JR元町駅 南側ベンチ』とだけあった。
だから私たちは今、ここでこうして待っている。
「もう8時50分になりますよ。もしかして私たち騙されてないですか?」
私がどちらにともなくそう言うと、いつの間にかスマホをいじっていた隣りの葵さんが、
「春香ちゃん、華が約束の時間守るって思ったらアカンよ」
「そういえば同じこと凛子さんも言ってましたね」
「あの子なぁ、時間が守れずにバイト6つもクビになった根っからの遅刻魔やから」
「む、6つ…?」
思わず聞き返す。
それって遅刻魔の一言で済ませていい話なのだろうか?
「ひょっとして…約束に来なかったことも」
「あるなぁ。忘れとったって、ライブすっぽかされたこと何度もあったよ」
「えぇ…」
絶句する。
ひょっとしたら…本当にこのまま永遠に待ちぼうけを食らうかもしれない。
それにますます寒くなってきた。
昼間よりも夜の方が今が秋だとわからせてくる。
「いいな凛子さんは。ちっとも寒くないんだから」
そう呟いて目の前に立つ半袖Tシャツ1枚の凛子さんを窺うと、腕組みしたまま、どう見ても小刻みに震えていた。
「いやっ寒いんじゃないですか!」
「あ…当たり前だろ…も、もうすぐ11月だぞ」
声まで震えている。
「なんで長袖着てこないんですか?!」
「長袖のバンドT持ってないんだ」
「でも去年は着てましたよね?」
「あれな…着すぎて破けたんだよ」
「普通の服着ればいいじゃないですか」
「そ、そしたらバンドT着れないじゃん」
私はドン引きしていた。
このひと…やっぱり変わってる。
「春ちゃんほっとき。凛子はそういう子やから」
「はい。ほっときます」
「お、お前ら冷たいぞ」
凛子さんが震えながら盛大に鼻水をすすった。
そのとき。
「待たせたじゃない」
という女性の声がした。
私たちは一斉に声のした方を向く。
そこにはベージュのコートを着て楽器ケースを背負った華さんが、自信満々の笑みを浮かべて立っていた。




