第39話 その名はTRUE BLUE その1
紺色の夕闇が迫ろうとする中、すでに葵さんと凛子さんが私の到着を待っていた。
どちらもパンツスタイル。けど長髪の凛子さんとメンズ服にショートボブの葵さんだから、こう並んでいると美男美女のカップルに見える。
葵さんがこちらに気付いて手を振ってきた。
「おー来た来た。春香ちゃんこっちやで〜」
この広場の名前はパイ山。
正式にはサンキタ広場だけど、みんなパイ山って呼んでる。神戸を代表する待ち合わせスポットだ。
聞いた話だと私が千葉から引っ越してくる2年ほど前まで、ここに『おっぱい』に見える形のオブジェがあったそうだ。それが由来らしい。
なんていうか…すっごくストレートなネーミングだなって思う。
「おー来た来たじゃないですよ。突然すぎますって」
「ごめんな。今回は春香ちゃんをのけ者にせえへんからそれで許して」
葵さんが片手をあげて謝る仕草をした。
凛子さんはというとその横で腕組みして難しい顔をしている。
しかも最近は日が落ちるとかなり寒いのにまだ半袖。着てるのは彼女の1番好きなバンドRUSHのTシャツだ。
「これなんやけどな、さっき手に入ってん」
「なんですこれ?」
葵さんが1枚の紙切れを渡してくる。受け取るとよく知っているライブハウスのチケット。
雨の土曜日、私と葵さんと咲ちゃんでそばを通ったあの有名なライブハウスのものだ。
「のけ者にしないって…まさか今から3人でライブ行こうって意味ですか?」
「せや。ほんまは予約で売り切れやってんけど、ウチそこのスタッフに前のバ先が一緒やった子おるから。それで特別に手に入ってん」
「予約で売り切れ?」
ライブハウスでそんなことは滅多にない。
あるとしたらプロ、それも人気と知名度を兼ね備えたアーティストが出演する時くらいだ。
あらためてチケットに印刷されたその名前を確かめる。
「TRUE BLUE」
声に出してゆっくり読み、また顔をあげて目の前の葵さんを見た。
「聞いたことないですけど…関東からツアーで来てるとかですか?」
「いいや。神戸のバンド」
「神戸?」
驚きのあまりちょっと変な声が出た。
私もインディーズシーンに精通してるわけじゃない。でも同じ神戸で活動する身だ。
300人強も収容できるあのライヴハウスを単独で満員にできるバンドの名前を聞いたことないなんて、ちょっとありえない。
バンドをやってるとその手の情報は嫌でも入ってくる。
「そのスタッフの子に聞いたらな…結成されてまだ3ヶ月ほどらしいわ」
「さささ3ヶ月でワンマン?!」
ギョッとして聞き返した。
「も…もちろん有名なプロが結成したバンドなんですよね?」
すると葵さんは首を横に振った。
「全員アマ。それがもう予約取るんも難しくなってる」
「えぇ…」
絶句した。
結成してたった3ヶ月のアマチュアバンドの単独ライブが売り切れ。
まるでマンガの主人公みたいなスピード出世だ。
TRUE BLUEの人達がどれほどの才能に恵まれてるのか、凡人の私には想像すらつかない。
「…行くぞ」
それまで黙っていた凛子さんが静かにそう言った。
「あいつに直接会って全部確かめる」
「あいつ? 誰のことです?」
そう尋ねたけど凛子さんは何も答えてくれず、さっさと歩き出してしまう。
葵さんの知り合いのスタッフさんのことだろうか。
ていうかなんで今日はこんなに機嫌が悪いんだろう?
いきなり呼び出されて怒ってるのかな?
釈然としないまま葵さんと一緒に、そのRUSHのバンドTを着た背中を追った。




