第34話 ジャズとロコモコ その1
「おー!うまい!」
「よかった。これウチの店で1番人気のメニューやから」
葵さんの働いてるご飯屋さんでロコモコをご馳走になる。今日は雨のせいか空いている。
店内は南国を思わせる明るくオシャレな内装。
布張りの天井や置かれている観葉植物、特に夜景を望めるテラス席がいかにもハワイや東南アジアののリゾートっぽい。
ここの看板メニューのロコモコは、熱々のハンバーグともちもちの五穀米ごはん、それに半熟の目玉焼きの黄身をスプーンですくい、濃厚デミグラスソースにたっぷり絡めて食べるのがとてつもなく美味しい。
「咲ちゃんええ食べっぷりやなぁ。おかわりもええで、好きなん頼み」
「まじっすか!」
隣に座る咲ちゃんが目を輝かせる。
私は「ガチのマジやで」と頷く葵さんが一瞬浮かべた怪しい笑みを見逃さない。
「春香ちゃんも…もっと食べてええんやで?」
同じテーブルの向かい席に座る葵さんが、こちらに意味ありげな微笑を向けてくる。
「いえ、もう結構です」
その魂胆を知っているからはっきり断った。というか咲ちゃんじゃあるまいし、そんなに沢山食べられない。
「宮間さん、この子の注文取ったって」
葵さんが通りかかった店員さんを呼び止める。宮間さんは彼女の先輩で、私も顔見知りの店員さんだ。
「じゃあナシゴレン、お願いします!」
咲ちゃんは手にしたメニューから顔をあげて元気よく言った。
「もう陸上部引退したんだからあんまり食べたら太るぞー」
宮間さんが厨房に引き返してから私が小声でそう言うと、咲ちゃんは余裕たっぷりの笑顔を向けてきた。
「大丈夫。私いまでも晴れの日は毎晩家から最寄り駅まで3往復走ってるんやから」
「えっ3往復も?」
「そ。なんかな、走らんかったら次の日気持ち悪いねん」
私たちの向かいに座っている葵さんがスプーンを動かす手を止めた。
「わかるわ。人間、日課になったら何でも簡単には辞められへんからな」
「そーなんですよ」
「ウチのドラムの子も毎日走ってるで。5キロは絶対走る言うてたかな」
「凛子さんも?」
「そ。ドラマーは体力仕事やからね」
なるほど…だから凛子さんスタイルがいいのか。
たしか腹筋もちょっと割れていたはず。
でも走るだけでお腹に筋肉って付くのかな?
少し気になったので尋ねてみようと右側の席を見た。
すると咲ちゃん。コーラを手にしたまま、だらしない顔をしている。「うへへ…」という感じだ。
視線を追うと、正面に座る葵さんが左手で耳に髪の毛をかけながら、ゆっくりとスプーンを口に運んでいるところだった。




