第33話 ビニール傘と葵さん その2
「あの…葵さん」
「なに春香ちゃん?」
雨の中。葵さんを先頭にして、私たちは彼女が働くお店に向かう。
私はタイミングを見計らい、右手でビニール傘を差す葵さんの左側に立ち、そっと小声で尋ねた。
「本当に奢ってもらっていいんですか? いつもお金無いって嘆いてますけど…」
凛子さんの部屋にひと月近く泊めてもらったり、蘭子さんにお金借りたり、命より大事だと豪語していたバイクを売ったり。
何にそんな浪費してるのか知らないけど、葵さんには常に金欠のイメージしかない。
すると葵さんは横目に私を見て、「春香ちゃん」と不敵に目を細めた。
チラとすぐ後ろをついてくる咲ちゃんに目をやる。
「あの子、友だち多いやろ」
「まあ。でも…それが何か?」
「ウチらアマチュアは地べた這いずり回る生き物やん。ライヴの度にライヴハウス側からチケットを10枚や20枚ノルマで買わされる。そしたらそれをウチら自身で売る」
「そうですね」
「で、売れ残ったらその分は自腹」
『じ・ば・ら』に力を込めて眉をひそめる葵さん。
「わかってますよ。でもそれ…いま関係あります?」
「あるよ。ノルマ超えて売れたチケット分の利益はライヴハウス側とウチらで折半。つまり儲け」
そこまで聞いて、ようやく私は彼女の魂胆に気付いた。後ろの咲ちゃんと隣の葵さんを思わず交互に見る。
咲ちゃんはだらしない顔で葵さんの襟足の辺りを眺めている。
「つまり…友だちの多そうな咲ちゃんに恩を売って…咲ちゃんをハブにチケットをガンガン売りさばこうってことですか?」
「正解。ウチ賢いやろ」
「うわぁ…」
反射的に体が葵さんから数歩距離をとった。
凛子さんがよく葵さんのことを「サイコパス」とディスってる意味がようやくわかる。
ケチだったり空気を読まなかったりは日常茶飯事だったけど、ここまでとは思わなかった。
今までは凄いベーシストだと思って尊敬してたけど、これからは手放しでは敬意を抱けなくなりそうだ…。
「女子高生食い物にするの、最低ですよ」
「そんな人聞きの悪いこと言わんといて。音楽でプロ目指そう思ったらなりふり変わってられんねんで。春香ちゃんも余計なプライドなんか早くドブにでも捨て」
私が返す言葉も無いほど呆れていると、葵さんが笑顔で後ろを振り返った。私たちは立ち止まる。
やわらかくライトアップされた階段が2階にある入口へ伸びる、いかにも都会的な外観。
雨に濡れているからだろう、いつもよりさらにオシャレな雰囲気を醸し出している。
「ほら咲ちゃん、ここがウチの働いてるお店やで」
「わー。すてき…」
ポツリと漏らす咲ちゃん。
でもその目は明らかに、まっすぐ葵さんの笑顔にフォーカスされている。
この子…いつか悪い人に騙されないかな…。
私は東京で暮らす咲ちゃんを想像して、心配でいたたまれなくなった。




