第31話 港町Diary その4
「これやと再開はなさそうやね…」
「うん」
私たちはジャズナイト開始予定の午後3時に、1度だけ神戸港の会場まで行っていた。
もちろん雨で中止。
けど、天候が回復すれば予定通り開催するというアナウンスがあったから、お店を色々回りながら諦めずに待っていた。
スマホで時間を確認する。17時44分。
これじゃもう無理そうだ。最新の天気予報を調べても今日一日、雨は止みそうにない。
大きくため息をついてから、あらためて咲ちゃんの方を見た。
「仕方ない…。最後に咲ちゃんのZARA見て、それからどっかでご飯食べて帰るかー」
「おお! ご飯!」
「行きたいお店ある?」
「そーやなー…」
10秒ほど探偵みたいに顎に手を当てて「うーん」と唸ってた咲ちゃん。
「あっ」と右手の人差し指を立てると、笑顔でこちらを見た。
「あのお店は?」
「どれ?」
「ほら。前に春ちゃんさ、メンバーのひとが働いてるお店ある言うてたやん。そこは?」
「あー。葵さんがバイトしてるお店か」
そこには何度か行ったことがある。
南国風の内装の明るいお店で、美味しいロコモコなんかが安く食べられる。凛子さんもたまに食べに来るらしい。
「いや…でもな…」
「なんかあかんの?」
「いいお店なんだけど、ここからだとちょっと歩くんだよね。JRの元町駅と三宮駅のちょうど間くらい、生田神社の近くにあるから」
そう返すと、なぜか不思議そうな顔をされた。首をかしげて目をパチパチしている。
「神戸駅でJR乗って元町から歩けばいいじゃん」
「マジですか。雨降ってるし荷物あるんだよ?」
「へーきへーき」
咲ちゃんは余裕だという澄ました顔をする。
そしておもむろに、足下から雑貨や服の詰まった買い物袋を二つに分けて持ち上げた。
「忘れんといて。こう見えて私バキバキの体育会系なんやから」
自信ありげに笑みを浮かべ、両手に持った袋をダンベルの動きで交互に上下させる。
それからふいに甘い声を出した。
「でも両手これだから相合傘させて?」
「そんなことしなくてもその買い物袋片方持ってあげるって。私荷物少ないから」
「おー! さすが春ちゃん!」
咲ちゃんがさっそく左手の分を渡してくる。右手の荷物は太ももの間に置き、空いた両手でカバンを開ける。
中から取り出したのは桜色の折りたたみ傘。
「あれ、ZARAはいいの?」
「今日はもうええねん。それよりお店混むかもしれんから早めに行こ!」
咲ちゃんが先にベンチから立ち上がる。
私は自分の荷物と咲ちゃんの荷物を片手にまとめて持って、あわててその背中を追いかけた。




