第26話 in a silent way
「それじゃお邪魔しました」
「おう。受験勉強もがんばれよ」
「凛子さんでも公立受かるんだから地方の私立受ける私なんかぜんぜん余裕ですって」
「凛子さんでもは余計だ」
玄関で凛子さんが手を伸ばしてきて、犬にするみたいに髪の毛をぐしゃぐしゃにしてくる。
私はその手を振り払って扉を開け、あわてて外に出た。
「気をつけて帰れよ」
「春香ちゃんおやすみー」
「おやすみなさーい」
凛子さんには手を振り、ベッドに寝転がってるはずの葵さんには声をかける。
傘をさして新開地駅まで歩いた。
雨の降る夜だからなのか、住宅地を歩いているのに誰ともすれ違わない。
でもちょうどよかった。
歩きながら鼻をすする。
マンションを出た途端、涙を堪えられなくなっていた。
雨で濡れた景色がさらに歪んでぐちゃぐちゃになっていく。
さっきは凛子さんも葵さんも一緒にいたから、それだけで不安より安心感のほうが勝っていた。
でもこうしてひとりになると、やっぱり蘭子さんのことが心配で心配でどうしようもなくなる。
心配するなって言われてもそんなの無理だ。
あのレコードは蘭子さんの尊厳をどうしてしまったのだろう…
蘭子さんはどうしてあんなレコードを見つけてしまったんだろう…
「どこ行ったんだよ…蘭子さん」
私の嗚咽に返ってくるのは夜の喧騒と雨音。そしてその合間を縫う静寂だけだ。