第24話 BLUE NOTE その4
ピアノ、ドラム、ベース、それに管楽器の奏でる鮮やかな音楽がステレオから流れ出す。おしゃれな喫茶店で流れていそうな軽快な音楽だ。
さっき聴いたものとはまったく別のサウンド。ちゃんとジャズを聴いたのははじめてだった。
「これかっこいいかも。何て曲ですか?」
「ええやろ。ソニー・クラークの名曲、その名もブルーマイナー」葵さんが教えてくれる。
「オシャレですね。なんていうか、ルパンの車に乗ってニューヨークの街を走ってるみたいな」
「ルパンの車ってフィアット500?」
「車の種類全然わかんないですって」
「言いたいことは伝わる。でも颯爽とした中にデスメタルばりの情念も籠ってる。それがジャズの最高にエロいところ」
メタルにジャズ、ファンクにプログレ。あと昭和歌謡。
葵さんの趣味の範囲の広さはどうなってるんだろう。
「春香も…分かっただろ」
「何がです?」
凛子さんがレコードの棚の前に立って腕を組んですこちらを見ていた。
私はホットミルクをちびりと飲む。
「蘭子が失踪した理由。というかその気持ち」
「あ…」
コメダでの会話を思い出す。
蘭子さんはスランプだった。思うように曲が書けない。そのときあのレコードを見つけた。
「そうですよね。スランプの時にあんなの聴いちゃったらもう…めちゃくちゃになっちゃいますよね」
誰も聴いたことのない音楽。
それはきっと才能の差をまざまざと見せつけられる思いだったはずだ。
そんなの、蘭子さんでなくてもきっと耐えられない。
「ところで春香。お前何ともないのか?」
「私?」
ぼんやり凛子さんを見つめる。
どういう意味だろう。
すると凛子さんは気の抜けたらしい表情でまた頭をボリボリ掻いた。
「なんですか?」
「なんでも」
怪訝に思ってると、隣に座る葵さんが私の肩をチョンチョンと突いてきた。
「この子な、さんざん泣いたあと丸1日ふさぎ込んでてん。ケンカで負けたガキみたいやったよ」
「凛子さんも心が折れかけたんですか?」
私は驚きのあまり、腕組みして立っている凛子さんの顔をまじまじと見つめる。
するとまた眉をひそめて横を向き、バツの悪そうな声を出した。
「だからお前に聴かせるか悩んだんだよ…」
「葵さんは?」
「ウチは凛子ほどやなかった。でも春香ちゃんみたいにはケロッとできんかったね」
そう笑って肩をすくめる。
私はそれを聞いてホッとした。たしかにあの音楽を聴いて心が壊れなかったのはラッキーだったかもしれない。
でもなんだろう…
私だけ3人に置いていかれたような、どこか手放しで喜べない気もした。