第21話 BLUE NOTE その1
私がオーディオの前に膝をつくと、横から凛子さんが荒っぽい手つきでヘッドフォンを押し渡してきた。
不自然なほど目を合わせてこない。
「これ付けろ」
「もう。なに照れてるんですか」
「照れてない」
「はいはい」
私は適当に相づちを打って、それを受け取る。
音楽雑誌の広告に載ってるようないかにも高そうなやつだ。
三角形のロゴとAudio-Technicaの名前。たしか日本の有名なオーディオブランドだ。葵さんがボーカルを取るときに使う彼女の私物のマイクもこの会社の製品だったはず。
「って…あれ? 葵さんは聴かないんですか?」
正座の状態で振り向くと、葵さんはどっかりとベッドに腰を下ろしていた。
「ウチはもう前に聴いたから」
「あっ、やっぱり私だけのけ者じゃないですか」
「渡された日にすぐ2人で聴いたんだよ。それで…」
「それで、なんですか?」
「本当にお前に聴かせていいのか迷ったんだ。葵は聴かせるべきだって即答した。私は結局…お前を信じることにした」
「どういうことですか? いつもみたいにもっとハッキリ言ってくださいよ」
「聴いたらわかる。凛子の言いたいこと」
葵さんが目を細めてそう述べる。
私は釈然としないまま、レコードのセットされたオーディオに向き直る。
集中するため敷物の上に正座して、深呼吸した。左胸を右手の平でグッと押さえる
あーだめだ。
集中するどころか心臓がどんどん速くなってる。
ターンテーブルの上にはすでにレコードがセットされていた。
直径は約30cm。タイトルも何も書かれていない、ただの真っ黒の円盤だ。
これが蘭子さんを失踪させた、地下鉄の駅で見つけたという謎のレコード。
それがいま目の前にある。
「私はな…春香」
「なんですか?」
「私は…失踪した蘭子の気持ち、少し分かった気がしたよ」
「え?」
「早くヘッドフォン付けろ。針落とすぞ」
「あっはい」
あわててヘッドフォンを付ける。自分のバクバク跳ねる心臓の音がさらにはっきり聴こえてきた。
まるで耳元で鳴ってるみたいだ。
まずい。これだと音楽の邪魔になる。
そう思った時。
視界の中に一瞬、白っぽい靄が見えた。