第17話 名探偵咲ちゃん その5
「ごめんよ春ちゃぁぁぁん」
咲ちゃんが子供みたいに大泣きしながら謝ってきた。
場所は阪神電車『元町駅』のすぐ近くの歩道。通りすがりの通行人がみんな私たちを見てくる。
「いやいや全然気にしなくていいから!」
私は何とか咲ちゃんを落ち着けようと頑張ったけど、なかなか泣き止んでくれない。
夕日が神戸の街だけじゃなく、ダラダラ流れる涙と鼻水で濡れた顔まで真っ赤に染めている。
遡ること今から約10分前。
私と咲ちゃんはJR元町駅で降り、阪神電車の元町駅に向かった。
私が知らなかっただけで、この2つの駅は実は同じ駅舎の地上階と地下階にあったのだ。
どちらも『南京町』と呼ばれる神戸の有名な中華街の最寄り駅ということになる。
「私、毎日通学でこの駅使ってるのに…この地下に阪神電車の駅があるなんて知らなかったよ」
「春ちゃんが毎日使ってる出入口、山側やろ?」
「うん。えっなんで分かったの?」
「ふふーん。地下に降りる階段はね、山側の出口とは真逆の場所、海側の出口のそばにあるねん」
咲ちゃんはそう言い、帰宅ラッシュで混雑を始めた駅の中、軽い身のこなしで前から次々来る人を躱す。
そして阪神電車の改札口に続く階段に向かう。
私は人混みではぐれないよう、その背中を一所懸命に追った。
私の気付かなかった地下への階段を見つけ、咲ちゃんの後に続いて降りる。
これで駅中にレコードショップがあれば、蘭子さんが降りたという駅はここで確定だ。
10分後。
地上に出てきた時にはもう咲ちゃんは泣いていた。
それはそれはマンガみたいな大号泣。
私は咲ちゃんを通行の邪魔にならないよう駅の外の歩道沿いにあるベンチに連れてゆき、空いている所に座らせた。
「ホンマごめんなさぁい」
咲ちゃんが泣き崩れながら顔の前で両手を合わせる。
休憩スペースでベンチに座っている周りの人達が何事だという様子でこっちを見つめてくる。
私は視線を痛いほど感じてあたふたしながら、必死で咲ちゃんをなだめた。
号泣の原因はもちろん、推理を大きく空振りさせたことだ。
駅構内にはレコードショップやそれらしいお店を見つけられなかったし、ホームも蘭子さんの証言とは完全に異なっていたのだ。
蘭子さんはホームに降りたあと、三宮駅に戻るため階段で向かいの反対行きのホームに移動したと証言している。
けど、この駅はひとつのホームを上り線と下り線の線路2本が挟んでいる仕様だったのだ。
「期待させてすみませんでしたぁ」
咲ちゃんがまた人目もはばからず大きな声で謝ってくる。
「謝らないでよ。私のために真剣に推理してくれたんだから」
「でっ…でも春ちゃん…駅がぁぁぁ」
「私ぜんっぜん気にしてないから。だからそんなルフィみたいな言い方しないで」
すると咲ちゃんは思いっきりはなを吸い上げて、手の甲で豪快にごしごし涙を拭く。
動作がもう少年漫画の主人公だ。
「恩に着ます。この名探偵咲ちゃん、一生の不覚」
私は苦笑しながらその咲ちゃんの背中を撫でてあげた。
もう今さら人目を気にしても仕方ない。
周りの人間全員が私たちを不思議そうに眺めている。
そう。咲ちゃんは何も悪くない。
ただ、これですべて最初に戻ってしまった。
やっぱり蘭子さんがわざと誰も信じないような非現実的な嘘をついているんじゃ…?
いや、そんなはずない。
私にはその可能性が1番ありえなかった。
蘭子さんはそんなひとじゃない。
そう思った時。ポケットの中でLINEの着信音が鳴った。
「誰だろ?」
片手で咲ちゃんの背中を撫でながら、右手でLINEを開く。メッセージは凛子さんからだ。
その瞬間。私は見えないものに強く肩を叩かれたような気がした。
「どうしたん春ちゃん?」
ようやく泣き止んだ咲ちゃんが、まだ濡れた声で尋ねてくる。
私は冷静に深呼吸してから答えた。
「凛子さんが…手に入れたって」
「何を?」
「蘭子さんが見つけたっていう幻のレコード。ブルーノートが封印した伝説の『1553番』をいま持ってるって…」
さらにメッセージが届く。
スマホを持つ手が私の意志とは関係なく勝手に震える。
『明日の夕方6時 私のマンションに来てくれ。春香にもこのレコードを聴いてもらいたい』