ーアメリアー
さあどんな悪役令嬢が登場するの。
皆が注目する中、公爵令嬢は馬車から降りてきた。
思わず息を呑む。
この私がたかが17歳の令嬢に釘付けになり動けなくなってしまった。
彼女の動きひとつひとつすべて惹きつけられ目が離せない。
ふらりと横で大きな影が動く。
息子のルカだ。
ハッと我にかえりルカのお尻を気付かれぬようつねった。
ルカもハッとしたように挨拶をしたが心ここにあらずのように見える。
あのルカが。
世間では『話すだけで落ちない女はいない』『無自覚の魔性の男、怖い』なんて囁かれていたが、私はいつか女性で大ポカをするんじゃないかとヒヤヒヤしていた。
まさかそれが今じゃないでしょうね
まだ心ここにあらずのまま応接室のソファーに座っているルカが心配だけれど、公爵家の護衛たちも案内しなければならない。
そして指示を終えて戻ってみればエリザベス嬢1人でお茶を飲んでいた。
ルカは?
しかし気を取り直し
「護衛の方々の帰り支度も整ったようですよ。お見送りなさいますか。」
とエリザベス嬢に声をかけた。
すると少し驚いた顔をしてこちらを見た、かと思うとサーと青ざめてゆく。
「では少し失礼して護衛達を見送って参ります。」
と少し早足に部屋を出ていった。
今更実感した、といった様子だった。
1人になるという事を。
私はゆっくりとソファーに座る。
王族命令が下ってからずっと自分が冷静ではなかったような気がした。
噂を鵜呑みにしてはいけないと言いつつ随分噂に振り回されてはいなかったか。
公爵家から届いた手紙は日程以外気にはしていなかった。
思い起こせば1人で遠い地に娘をやる親心に溢れた手紙ではなかったか。
今目の前にいたのは1人でどこにも行ったことのない、不安でいっぱいの17歳の御令嬢だ。
怒りに身を任せ存在感に飲み込まれ色んな事を見誤るところだった。
噂など関係ない。
悪役令嬢の偏見を取り払ってどんな御令嬢か、少しずつ知っていこう。
そう思っていたのに。
「あら、可愛いわね。尻尾をつけている子供が居るじゃない。」
辺境領の西の方にあるダルタールに向かうためバラルヒルガムの街を通っているところだった。
「可愛いですよね。エリザベス様が孤児院に訪問された時手作りの尻尾をお土産で持って行かれたようですね。孤児院の子供達がすっかり気に入ってしまってずっと付けているそうで。それが教会に訪れた人たちの間で話題になって、教会が同じものを作ってバザーで売り出したところ爆発的に売れたようです。真似する商店も出てきてすっかり子供なら市民も貴族も全員つけてる、と言うくらい人気、と聞きましたよ。なにより自分で作れますしね。」
市井に詳しい私の専属侍女が楽しそうに言った。
「そう、しばらく街を移動していなかったから知らなかったわ。」
感心しながら窓の外を眺めた。街の雰囲気なんてすぐに移り変わる。
と、また別のことが気になった。
「?何か催しでもあるのかしら。」
「どうされましたか。」と侍女が聞き返す。
「若い女性は揃いも揃って同じ格好を。髪型まで揃えているじゃない。」
というと侍女は「ああ!」と顔を輝かせた。
「編み込みポニーテール!流行っているんですよ!耳の後ろの方から編み込むのが何ともオシャレで!そして編み上げブーツにリボンを通してスカーフと髪のリボンと色を揃えるのも流行りなんです!!」と興奮気味に話す。
「私も休日に恥ずかしながらこの格好をしましたよ。確かに若い女性は全員しているのかもしれませんね。」ふふふと楽しそうに笑う。
しかしリボンやスカーフの色こそ人により違うが見事に全員同じ格好である。
一体何があったのだ。
「孤児院にエリザベス様が訪問された時のファッションを孤児院の職員や教会に訪れていた人たちが真似されて、じわじわと人気が出てるようです。先日商店が真似して靴やブラウス、リボンもセットで売り出したら即完売したと話題ですよ。」
城のメイドたちもエリザベス様の髪型を真似ている子多いですしね。
と続けた。
ぞわり、と鳥肌がたつ。
確かに最近城の若い女の子達がずいぶん垢抜けてきたと思っていたが。
しかしまだエリザベス嬢が来て数週間ではないか。
教会に行ったのはいつだったか。
私は気付かぬうちにゴクリとつばを飲み込んでいた。
(第一王子の不始末とはいえ、王家はよくエリザベス嬢を手放したわね。)
今から長らく城を離れなければならないことに背筋が寒くなった。
初恋を拗らせた息子が何事も起こさねばいいが。
もう祈るしかなかった。




