手紙
エリザベスは朝の光を浴び出した街を見下ろしていた。
この客室から夕焼けも見た。昼の景色も見た。
残る明けていく朝も見たいと思っていたエリザベスは夜明け前に目覚めたのを幸いと早朝からこの部屋に来たのだ。
朝は思ったより寒く病み上がりだからと少し厚着をしたのがちょうどよかった。
少し風が吹くと手元でカサリと音がする。
昨日ルシアーノが退室間際において行ったのだ。
「あなたに手紙です。」と。
エリザベスは封蝋を見ずと封筒を見ただけで誰からの手紙かわかった。
よく見慣れた封筒、懐かしい字。アウリス王子からだと。
昨日は読む気になれずそのまま寝てしまったエリザベスはここで読むことにしたのだ。
手紙は型通りの挨拶の後、謝罪と自身の近況などが記された長い手紙だった。
(以前のアウリスね)
文面からはエリザベスを断罪した時の面影はなく少なからずホッとした。
自身の近況として
西の離宮で謹慎中であり、立太子は無くなった。
おそらく一代限りの公爵位をもらいデオング地区を領地に賜ることになるだろう。
ジョージイ嬢の男爵家は取り潰し。ジョージイ嬢は修道院へ。
第二王子派のスモーレイ侯爵家令息も深く関わったとして侯爵位は剥奪。伯爵位へ。令息は廃嫡、男性修道院へ。
第二王子のロイドは学園卒業すれば立太子となった。
と書いてある。
(スモーレイ侯爵令息?なぜ?)
一瞬読む手が止まったが考えても仕方がないとエリザベスはまた手紙を読み進める。
慣れない土地で元気にやっているかな。
あなたは周りのことには聡いのに自分の事にはてんで鈍感だからたまには自分で自分の体を気遣うように。
とその後すぐあなたをよくわかってくれる供は居ないのだから、と続いたので思わずエリザベスは笑ってしまった。
(あなたのせいなんだけどねえ)
断罪劇も本気ではなかった。
後から謝ればエリザベスなら許してくれると思っていた。
初めての恋に舞い上がり、想いを返してもらえるとすっかり周りが見えなくなった。
小さなことでもよろんでもらえると嬉しかった。
少しでも顔が曇ると悲しくなった。
ジョージイ嬢が自分との結婚を期待し始めていることに気づいても嫌われるのが怖くて何も言えなかった。
断罪劇を考えた時も都合のいい話ばかり信じた。
頭のどこかでは取り返しのつかないことになるとわかっていたというのに。
恋というのは厄介だね。
相手の顔色ばかり気になって、何も聞くこともできず、勝手に振り回され、空回りして。
結局周りも振り回したのだから王太子の資格がないのも当然だ。
君にも尻拭いをさせる羽目になってしまった。許してほしい。
しかし北の辺境地に行った君なら私の気持ちもわかってもらえるのではと甘えた気持ちでこの手紙を書いているよ。
北の辺境伯とはいい関係を築けているかな。
辺境伯の太陽のような笑顔が君に向いていることを祈るよ。
西の離宮より愛を込めて
アウリス
幼少の頃から婚約者同士だった2人。
そこに恋情はなくとも兄弟のように信頼し合っていた。
時にはエリザベスが姉のように。時にはアウリスが兄のように。
懐かしい字。懐かしい語り口調。
全てを見透かした包み込むような懐かしさにエリザベスの目から涙が溢れそうになる。
(ええ、ええ、そうね。今ならあなたを理解してあげられるわ。)
卒業パーティでの断罪劇を冷めた目で見ていた自分を思い起こす。
しかし今のエリザベスならアウリスをそんな目で見ないだろう。
もうすぐ訪れるであろう愛しい人との別れの辛さは、二度と会えなくなるであろう不安はどれほどだったろうか。
アウリスの気持ちを思うとエリザベスはたまらなくなった。
「恋をしていたのね」
エリザベスがポツリとそう呟くと堪えきれず涙が溢れた。
ずっと我慢していた涙は堰を切ったようにとめどなく流れ出す。
(あなたも。私も。)
しかし気付いたからといってどうなるというのか。
毛虫のように嫌われ、まさに今から城を追い出されるというのに。
何もかも全部全部今更だ。
しばらくエリザベスは泣き崩れるようにその場所から動けなかった。




