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セイラ様

エリザベスは城の図書館で本を前に座っていた。

だが本は開いているもののぼんやりしていた。


「しばらく孤児院には行けないわね」

ポツリと呟く。


エリザベスは教会で足の手当てをしてもらいアレクと先に帰ってきた。

軽く挫いただけだったので今は特に痛みもない。


あの時響き渡った音はアレクが短剣の柄でルシアーノ頭を殴打した音だった。

「失礼をいたしました。エリザベス様。送りますので城に帰りましょう。司教、またルカを迎えに参りますのでその時に改めて謝罪を。」と深々とアレクは頭を下げると、「では参りましょう」と頭を押さえてうずくまっているルシアーノを見もせず歩きはじめた。


馬車の中でエリザベスは改めてアレクに謝罪された。そしてあれは彼の本心ではないと苦しい言い訳をした。

アレク本人もそう感じたらしく、バツが悪そうにルシアーノを謝罪に寄越すと言われたが断った。

自分が悪かったのだと。誤解を招く行動だったのは承知していると。ルシアーノもつい言い過ぎただけだろうと。

そこまで言うと言葉が続かなくなり、誤魔化すように微笑んでエリザベスは黙ってしまった。

アレクもそれ以上何も言わなかった。


そのあとはたわいのない話をした。

ルカはルシアーノの愛称でアレクとは幼馴染でそう呼んでいたとか、アレックス様と呼んでいたエリザベスにアレクと呼んでくださいだとか。

始終気を使ってくれているアレクをエリザベスは申し訳なく思った。

城に着くとお昼ご飯を用意させるとアレクは言ったがエリザベスは断りここに来た。



ルシアーノも被害者だ。とエリザベスは思う。

ルシアーノは上手く嘘をついて表面上うまくやる、という貴族の嗜みが苦手なのだろう。

(それでも最初はうまくやろうとしてくれていた。)

夕焼けを見た客間や図書館につい行ってしまうのはルシアーノが案内してくれたこの場所での時間が楽しかったからだ。

ルシアーノも苦手であろう貴族の笑顔を浮かべて、今思えば頑張ってくれていた。

その時は王族命令とはいえうまくやれるのではとエリザベスは考えていた。

彼に相応しい辺境伯夫人になろうと意気込んでいた。

しかし実際は『病気持ちの悪役令嬢』と思われており『無駄に爵位が高いから蔑ろにできない』からルシアーノは頑張っていただけなのだ。

それを受け入れてもらえたと思っていたエリザベスが愚かだったのだ。

思わず涙が滲みそうになってハッとする。

(気を抜くとダメね!辺境伯夫人に相応しいなんて程遠いと言われてしまうわ!)

気分を変えようと通用扉から外へでる。

図書館は直接庭に出れる扉があり、庭にはベンチや少し進むとガゼボがあるのだ。

本を持って出てもいいし散策も楽しいでしょう、と教えてくれたのはルシアーノだ。


どのくらい図書館にいたのか。

外は少し日が傾き始めていた。

なのでエリザベスは少し庭を散策して戻ることにした。




おかしい。

少し散策するつもりがなかなか図書館に戻れない。

内心エリザベスは焦っていた。

しかも今日ひねった足が少し痛んできた。

こんなことなら護衛に声をかけてからくればよかったと後悔するももう遅い。


来る途中何度かベンチを見かけた。せめてどこかで休めればと周りを見れば、ガゼボの屋根らしきものが見える。

(とりあえずあそこで少し休みましょう)とゆっくり近づいていくが、エリザベスは足を止めてしまう。

(話し声?)


「‥‥によ!私の‥‥!!‥‥ないわ!!」

途切れながらも聞こえるのは女性の声。

迷子で心細くなっていたエリザベスは藁にもすがる思いでもっと近づいていく。

「少し落ち着いたらどうだ‥」とくぐもった低い声が聞こえて

エリザベスはその場で凍りついてしまった。


「これが落ち着いていられますか!あの女のせいで結婚の話が流れたっていうのに!」

「あの女とか言うんじゃない、公爵令嬢だぞ、どこで誰がきいてるか‥」

「誰もいないわよこんなところ!だから遠慮なく大声出しているのよ!」

「セイラ」

(!!)


エリザベスが盗み聞いてることを知られたら今まで以上に疎んじられる。

わかっているのに足が動かない。


「アレクや母上の不況を買うぞ」

とルシアーノが言うと

セイラはおしだまる。そして縋るように

「私との結婚の話進めてくれるって言ったじゃない」

「俺だってそのつもりだったさ。だが王族命令が出た時にちゃんと話しただろう」

「私の結婚の話の方が先だったのに‥!」

セイラがなおも言い募る。

「辺境伯が王族命令を蔑ろにできない。そんな事すれば面倒な事になると説明しただろう?」


なだめるような優しい声だった。

初めて聞くルシアーノの柔らかい声にエリザベスはいたたまれない気分になった。

(早く立ち去らなくては)


自分のせいで引き裂かれた恋人の逢瀬を、引き裂いた張本人が盗み聞きしているなど誰にも気づかれるわけにはいかない。

「どうせ悪役令嬢は辺境など嫌だとすぐ逃げ帰るさって言ったくせに!」

「そうならなかったんだから仕方ないだろう。」ため息混じりの声がする。

「ルカに私の気持ちなんてわからないのよ!」

「ちゃんとわかってるさ。必ずなんとかするから俺を信じて待っててくれないか‥‥」

優しく優しく響く声。


エリザベスはようやく動いた足でゆっくりゆっくり距離をあける。

(そう‥すぐ逃げ帰ると思われていたのね)

知らず胸元でギュッと手を握りしめていた。

この気持ちはなんだろうか。

絶望だろうか。諦めだろうか。悔しさだろうか。

悲恋の恋人達に背を向け早く早くとエリザベスは逃げるようにその場を後にした。


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