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9 お祓いメイド

「お疲れ様です、バルトロメウス様」


 エーレンフリートは焼き菓子を詰まらせて悶絶するアリシアの横を通って、バルトロメウスに駆け寄った。


「ああ。変わりは無いか」

「ご覧の通り、アリシアさんがいらっしゃいました」


 こんな状況なのに、エーレンフリートは無慈悲にアリシアを指した。

 床に這いつくばって「ンゲホゲホッ」と口を抑える涙目のアリシアを、バルトロメウスは一瞥(いちべつ)した。

 二度目ましてのバルトロメウスはやはり恐ろしいほどに端整なお顔で、ミステリアスな宙色(そらいろ)の瞳に迫力が篭っていた。表情は冷え切っていて、機嫌が悪いというよりも顔色が悪く、具合が悪いようにも見えた。


 ベルノルトは走ってテーブルの上のグラスに水を注ぐと、アリシアの元に持って来てくれた。アリシアはありがたく受け取って一気飲みすると、改めてバルトロメウスを見上げた。


「本日からお世話になります! アリシア・エアリーです!!」

「ああ。業務はエーレンフリートに聞いてくれ」


 バルトロメウスは冷たく言い放って、プイと顔を背けると、リビングの広間から繋がる別の部屋に、バタン! とドアの音を立てて行ってしまった。


「……」


 ラスボスは突然やって来て、塩対応のまま去ってしまった。

 アリシアは初対面で感じた距離感に確信を得て、肩を(すく)めた。どうにも近付きがたいというか、接しにくいというか、まともに意思疎通ができる気がしなかった。


「あの……バルトロメウス様はいつもあのような感じで?」


 思わずアリシアはエーレンフリートに聞いてしまった。エーレンフリートは少し困った顔で答えた。


「先生はお疲れなので。お仕事の後は特に……」


 そう言うエーレンフリートも、よく見ると何だか顔色が悪い。床に座り込んだままベルノルトを見上げると、やはり病弱な子みたいに覇気が無い。

 二人の周りに黒い煤が沢山浮遊していて、アリシアは顔を(しか)めた。


「宮廷のあちこちを汚しているこの黒い煤は、いったい何なのですか?」

「それは多分……「魔」です。魔力を使うと発生する副産物的なもので、生活をすると埃がたまるのと同じ原理だと思います」


 エーレンフリートの回答に、アリシアは納得がいった。道理で、宮廷だけにこんなに存在するはずだ。魔物を倒すために魔法宮があり、魔法を使う限りこの黒い煤の「魔」は延々と湧いて出る訳なのだ。

 アリシアはハタキを握りしめた。このハタキでその魔を祓えるのなら、魔法宮の煤だらけの環境が改善されるかもしれない。


「よしっ、今からお掃除します! 魔を祓って、綺麗なお部屋でランチにしましょう!」


 エーレンフリートとベルノルトの顔は、好奇心と期待で輝いた。



「えいっ! えいえいっ!」


 綺麗に掃除がされているお部屋でハタキを振り回しても、埃は立たなかった。だが、黒い煤は面白いほどに光っては消え、光っては消えていく。アリシアが叩くと壁や床に(たむろ)っていた煤は浄化するように消え去って、空中もクリーンになっていった。


「わあ~、きれいになってく!」


 ベルノルトが手を広げて瞳を輝かせた。

 開けた窓から爽やかな風が吹いて、エーレンフリートは目を瞑って深呼吸をした。


「魔が祓われて、魔法宮の空気が澄んでいく」


 すべての黒い煤を消し去って、得意げに優雅なポーズを決めるアリシアに、エーレンフリートは素直な言葉を口にした。


「凄い。あなたは魔を祓う魔法使いですね」

「えへへっ! このハタキのおかげだね!」


 エーレンフリートは首を振った。


「魔法具はあくまで、あなたの力を補助しているだけです。僕が、もしくは先生がそのハタキを使っても、魔は祓われないでしょう」

「え? そ、そうなの?」


 アリシアは驚いて、手に持ったハタキを見下ろした。

 ベルノルトが駆け寄って来て、アリシアのスカートにしがみついた。


「くうきがおいしいね! アリシア!」


 高揚(こうよう)して頬が赤くなっているベルノルトの可愛さに、アリシアは胸がキューンと苦しくなった。そして同時に、今まであの煤のせいで息苦しく不健康な思いをしていたなら、なんて可哀想だったのだろうと悲しくなった。


「あの。エーレンフリート様。あの煤は人間の健康を害すのですか?」

「通常の人には見えないし、何も感じないでしょう。魔力を持つ者にだけ認識され、身体を(むしば)むと言われています」


 アリシアは幼い弟子達と、膨大な魔力を持つであろうバルトロメウスが常人に理解できない苦しみを抱え続けていたと知り、心の深いところで同情していた。

 自分にしがみ付いているベルノルトの肩をアリシアは優しく支えた。


「もう大丈夫ですよ。あんな黒い煤は全部、私が退治してしまいますから。お祓いメイドにお任せください」


 力強い宣言に、ベルノルトは頷きながらアリシアのスカートを抱き締めた。



 綺麗になった魔法宮のリビングに、ほどなくして昼食が運ばれて来た。数時間ぶりにディアナが笑顔でやって来て、ワゴンに載せられた豪華な食事をテーブルに並べてくれた。


「うっわ~~!!」


 先ほどのベルノルトよりも大きな歓声を、アリシアは上げた。

 眩しくて視界がぼやけるほどに、美味しそうなお食事が輝いている。

 青々としたサラダに色とりどりのお野菜、ジューシーなお肉に、ふかふかのパン……。

 食べるどころか見るのも久しぶりな上等なお料理に、釘付けになっていたアリシアは我に返った。これはお弟子さん達のお食事であって、自分のまかないは別の場所に用意してあるはずだ。

 アリシアはディアナに聞いた。


「あの、私はどこで食事すればいいですか? 使用人の食堂はどこに?」

「バルトロメウス様から、ここでアリシアさんもご一緒にお食事されると伺っています」

「えっ、マジ、いえ、本当に!?」


 信じられない事に、アリシアの席が設けられていた。

 お行儀よく座るエーレンフリートとベルノルトの前に、アリシアも座った。

 ニコニコしているベルノルトは元気に言った。


「ぼく、おなかすいてる!」


 一見当たり前の事を言っているが、エーレンフリートも頷いた。


「ベル、珍しいな。僕もだ」


 アリシアは耳を疑った。お腹がすくのは当たり前だし、珍しいだなんて、いつもどれだけ食欲が無いのだろうか。


「いただきます!」


 ベルノルトの合図にアリシアとエーレンフリートも食べ始めた。

 久しぶりのテーブルマナーに緊張するが、アリシアはあまりの美味しさに途中からマナーを気遣う余裕が無くなって、夢中で食事をした。「美味い美味い」と脳が叫んでいて、体が欲張って手と口を動かしていた。


「おいしい、おいしい!」


 ベルノルトもアリシアと同じ感想だ。

 隣のエーレンフリートはポツリと呟いた。


「うん。美味しい……」


 信じられない物を見るように皿を見つめていたエーレンフリートは、顔を上げてアリシアを見つめた。猫のような澄ました瞳は、目醒めたように純粋に煌めいていた。大人びた神童の顔が少年の顔になっている。


「僕達はずっと、食事が苦手だったんです。いつも気分が悪かったから……だけど、綺麗な場所で食べる物って、こんなに美味しいんですね」


 アリシアは口いっぱいに頬張ったまま時を止めて、滝のように涙を流した。まったく違う環境で生まれ育った者同士が、「おいしい」の幸せをこれだけ強く分かち合えるのだと、感動で心が震えていた。

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