45 最終話 - 花よ桃よ
「うわぁ~、お花畑の森! 綺麗な泉!」
アリシアは見た事のない美しい自然に夢中になった。
ゆっくりと馬を歩かせながら、木漏れ日に目を細めるアリシアを、手綱を持つバルトロメウスが後ろから抱えている。
アリシアはエメラルダ王国から外に出たのは初めてで、遠くに旅行などした経験がなかったので、見るもの全てが新鮮だった。
国王からもらった休暇はモルガナイト王国の跡地を訪れる事になり、あの深夜の旅の計画は夢ではなかったのだった。
「先生。北西の方角から魔力察知しました」
アリシアとバルトロメウスが乗る馬の後ろには、エレンがベルを抱えて乗馬している。魔物を察知するたびに、エレンはバルトロメウスに報告をした。
「オーケー。じゃあ、移動するよ」
「ええ~、もっとお花畑が見たいのに」
「この先にもっと咲いてるから」
バルトロメウスの言葉の後に、お花畑の森は一瞬で消えた。
直後に、新しい景色が現れた。バルトロメウスの言う通り、もっと満開の花畑がアリシアを待っていた。
美しい場所だが、アリシアは移動で目を回した。
「何度やっても、馬ごと瞬間移動するこの感覚に慣れないです」
「王国の外は防御壁が無いから、魔物を察知したら逃げるが吉だ」
後ろを振り返ると、エレンとベルも馬ごと瞬間移動して着地した。
「ぼくもアリシアとおウマにのりたいのに~」
ベルの不満にバルトロメウスは笑った。
「ベルが大きくなって乗馬ができるようになったら、アリシアをエスコートできるね」
「ぼくエスコトする!」
呑気な会話をしながら、魔術師の一行は森を抜け、やがて日当たりの良い丘の上の平地に辿り着いた。
爽やかな森の風が丘を吹き抜けて、緑の香りがする心地よい場所だが、かつて人々の営みがあったであろう街は、白い建物が点々とあるだけだ。廃墟には植物が生き生きと花を咲かせていて、まるで無人の楽園のようだった。
「ここがモルガナイト王国だった場所……」
アリシアは馬を降りて、かつて王国の門であっただろう、白く大きな柱に掌を当てた。
アリシアはエメラルダ王国に生まれ育ち、ルーツであるモルガナイト王国の記憶はないが、母が、そして本当の父がここで生きていたのだと思うと、不思議と懐かしい気持ちになった。
バルトロメウスと手を繋いで、足場の悪い植物の楽園を歩いた。鳥が集まり木の実をついばみ、花に蝶が集まっている。
「想像と全然違いました。もっと何も無い荒地なのかと」
「もともとモルガナイト王国は自然豊かな国で、果物の産地だから」
アリシアはあの「モルガナイト王国の果物」の図鑑を思い出した。
茂みを跨いでその先へ行くと、整然と並ぶ低木の空間に出た。
「あ! ここは果樹園の跡みたいですね」
「うん。きっと果物が実っていたんだろうね」
低木は雑草が茂り、枯れたり折れたりして、果物は実っていなかった。アリシアはガッカリしたが、果樹園の跡を歩くうちに、草の中から小さなピンク色の物を拾った。
「これは……果実?」
果実と言うには小さく、成り損ないの実のようだ。だけど匂いを嗅いだら甘い香りがしたので、アリシアはバルトロメウスを笑顔で見上げた。
「良い香りがします! これはあの図鑑で見た果物じゃないでしょうか!」
「どれ」
バルトロメウスはアリシアが差し出す果実の香りを嗅いだ。
「うん。花のような、桃のような」
アリシアはドキリとした。
これはいつか、夢で見た光景だった。
木漏れ日がバルトロメウスの麗しい髪を照らして、宙色の瞳は明るく煌めいていた。
高貴ないい匂いがする、とアリシアが感じた時には、バルトロメウスが果物を持つアリシアごと抱き寄せて、自然と目を瞑ったアリシアの唇に優しくキスをした。まるで宙に浮いてしまうような、お日様に溶けてしまうようなキスだった。
そっと目を開けると、バルトロメウスが可愛いものを愛でるように、うっとりと自分を見つめていたので、アリシアは頬を染めた。
「せんせ~!」
後ろからベルの声が聞こえたので、アリシアは慌てて仰け反った。バルトロメウスはアリシアの掌から小さな果実を取ると、走って来たベルに見せた。
「ベル。種が入った果物があったよ」
「ほんとだ~! おいしいやつ?」
「うん。ベルはこれを育てられる?」
「うん! おっきくできるよ!」
アリシアはバルトロメウスとベルの会話に驚いた。
「え? ベル君が果物を育てるの?」
バルトロメウスはアリシアを振り返った。
「ベルは生物の修復と育成ができるから。この果実を魔法宮の庭に植えて果樹園を作ろう」
「ええ!? すごい!」
「実がなる前には桃色の花が満開になるよ。綺麗だろうな」
アリシアはあの魔法宮の広い庭に、かつて滅びたはずの花が返り咲く光景を思い浮かべた。そして夢の果樹園が現になる日が来るのだと、希望で胸が弾んだ。
ベルは興奮して両こぶしを握っている。
「ぼく、もっとおちてないか、さがす!」
踵を返すと、遠くにいるエレンに向かって走って行った。
「エレ~ン! くだもの、はやすよ!」
「?」顔のエレンと、一生懸命地面を探すベルを遠目で眺めて、アリシアは微笑んだ。
この平和な時がずっと続いて欲しいと願うアリシアの頬に、小さな涙が溢れた。後ろからバルトロメウスがアリシアを抱き締めたので、アリシアはバルトロメウスの腕に頬を寄せた。
「涙って、悲しい時に流れるだけじゃないんですね。幸せな時にも流れるんだなって」
涙の笑顔で自分を見上げるアリシアに、バルトロメウスはもう一度、愛を込めてキスをした。
おわり
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