44 夢うつつ
バルトロメウスが改まってお願いをしてきたので、アリシアは姿勢を正して即答した。
「はい! 何でしょうか! 何でも言い付けてください!」
「抱っこしてもいい?」
アリシアは脳内でバルトロメウスの台詞を反芻した。
「抱っこ」と確かに言ったので、アリシアはますます頭がのぼせた。
同時に、自分がベルを抱っこした時の癒しを思い出した。バルトロメウスもきっと疲れているのだ。
「ああ~、なるほど! 勿論、いいですよ」
アリシアの承諾を得て、バルトロメウスはアリシアの腰と膝の裏に腕を差し込むと、あっさりと宙に持ち上げて、自分の膝の上に抱えた。赤ちゃん抱っこの再来である。
だが、泣き喚いて縋ったあの日と違って、冷静なアリシアはこの状況に心拍数が爆上がりしていた。ガウンがはだけてまたネグリジェがチラ見えしたので、慌てて前面を引っ張って隠した。
バルトロメウスは微笑んでこちらを見下ろしているが、月明かりの下でその顔はやたらに色気があって、アリシアは雰囲気を誤魔化すように喋った。
「えっと、抱っこって落ち着きますよね。私もベル君を抱っこすると温かいし柔らかいしで、ホッとするっていうか」
饒舌なアリシアの背中を支えている手をバルトロメウスは自分に引き寄せて、目を瞑ってアリシアのおでこに頬を当てた。
「ずっと捜査でバディをしてたから、仕事の話ばかりで寂しかったんだ」
「あ、そ、た、確かに~……」
「可愛い。可愛い」
バルトロメウスの口癖だが、しっとりとした言い方にアリシアはますます赤面した。
「バ、バルトロメウス様は可愛いものが好きですからね。私は幼児やモフモフ動物と同じですね」
バルトロメウスはじっとアリシアを見つめると、拗ねたように呟いた。
「幼児やモフモフ動物に性的な昂りは感じない。俺はそこまで変態じゃないぞ」
「……」
アリシアがその意味を噛み砕く間に、バルトロメウスはアリシアの額に、髪に、指にキスをした。
それは明らかに幼児やモフモフ動物にするキスではなかったので、アリシアは思わず生唾を飲んだ。バルトロメウスが触れた場所が熱くて、溶けてしまいそうで。高貴な香りに包まれて甘い目眩を起こすアリシアは、宮廷魔術師の噂を思い出した。
(宙色の瞳と目を合わせたら魔力酔いするって……違う。これはフェロモンに酔ってるんだ)
バルトロメウスは頬に、耳にキスをして、アリシアはまた体がビクッとなってしまった。恥ずかしい反応だがどうしようもなく、目を瞑って堪えた。バルトロメウスが鼻と鼻をスリ……と合わせたので、アリシアはとうとう我慢ができずに、止めていた息を吐き出した。
「ま、待って! ちょっと待って! お、大人すぎますから!!」
訳のわからない中断の理由に、バルトロメウスは「ふふっ」と笑った。
「だって、セクシーなネグリジェを着てるから。俺を挑発してるのかなって」
アリシアは見られていないと思っていたネグリジェに不意打ちで突っ込まれて、面食らった。
「み、見ないでください! エッチ!!」
「許可無くエッチな事なんてしないよ。俺は上司だからセクハラになっちゃうし」
(いや、充分エッチなキスでしたが??)
と心中でツッコミつつも、アリシアはまたしても唇へのキスを阻止してしまった自分に頭を抱えた。
キスはお預けのまま、バルトロメウスはアリシアの抱っこした体を優しく揺らした。まるで赤ちゃんを寝かしつけるように。
「いい子だ。ぐっすりお休み。可愛い子よ」
「……子供扱いして……」
アリシアはムクれつつも、温かく逞しい抱擁に安心して微睡んだ。
宮廷で初めて出会ったバルトロメウスを、ぼんやりと思い出していた。怖くて冷たくて、変人な宮廷魔術師を。
あの頃の自分に、この人に抱っこされて寝かし付けられる未来を教えたら、びっくりしすぎて気絶するかもしれないと考えながら、微笑んで目を閉じた。
バルトロメウスは寝かし付けながらアリシアに語りかけた。
「アリシア。魔法宮の働きを労って、国王が休暇をくれた。俺とアリシアとエレンとベルで、旅行に行こう」
「りょこう……いいですね……」
アリシアが寝ぼけてにやける顔を、バルトロメウスは愛おしそうに眺めた。
「モルガナイト王国に行こう。君のルーツがあった場所へ」
どこからが夢で、どこからが現実なのか。
夢うつつのまま、アリシアは心地よく眠りに落ちていった。




