42 令嬢の崩壊
「な、何ですって!? こ、婚約破棄!?」
キャロルは度重なるショックで動揺して、感情が崩壊していた。
「ふざけないでよ! 婚約したばかりで破棄なんて……」
ブライアン令息に掴みかかるキャロルを、バークリー侯爵とその従者達が間に入って立ち塞がった。
「婚約は白紙とさせて頂く! そもそも婚前契約書に違反したのはそちらだぞ! 違約金も払って貰うからそのつもりでいろ!」
バークリー侯爵の剣幕にキャロルは息を詰めて立ち止まり、行き場のない憤りを振り返って継母に浴びせた。
「ママ!! どういう事!? ママのせいで私の人生滅茶苦茶じゃない! この人殺し! 犯罪者!!」
キャロルは平民だった頃の口調に戻ってドリスを責めて、これまで憎悪の顔で反発していたドリスは初めて泣き顔を見せた。
継母が傷ついた顔を見たアリシアは、継母も肉親に対しては愛や情があるのだと知り、その気持ちがほんの少しでも他者にあったなら、こんな悲しい事は起こらなかったのにと、やるせない気持ちになった。
継母を口汚く罵倒したキャロルはさらにこちらを振り返って、鬼のような形相でアリシアを怒鳴った。
「全部あんたのせいよ! その不吉な紫の目のせいで、ママも私も破滅したんだ! あんたさえいなければ……!!」
アリシアの髪を掴みかかろうと伸ばした手に、アリシアは応戦しようと身構えた。野獣のように襲って来たキャロルの勢いは、アリシアの目前で何かに激突し、跳ね飛ばされた。
ゴーーン! という大きな音がして、キャロルは後ろに向かってひっくり返った。
「ギャ!?」
キャロルの額と鼻から血が吹き出して、キャロルは目を丸くしてアリシアを見上げた。アリシアの前には透明に光る防御壁が構築されていて、バルトロメウスが手を翳していた。
「キャロル・エアリー伯爵令嬢。公務執行妨害罪で逮捕する」
「う、嘘、な、なんで私が……わ、私、怪我したのに!」
バルトロメウスの後ろから群集の中で待機していた王宮の兵達が現れて、ガースン子爵と伯爵夫妻を抱えて連行した。
鼻血まみれで呆然としたキャロルも後ろ手で拘束され、同じように連行されて行った。
残された会場の貴族達とバークリー侯爵親子は呆然として佇んだ。
バルトロメウスは改めてバークリー侯爵に向けて、胸に手を当てた。
「魔物討伐へのご協力をありがとうございました」
バークリー侯爵は慌てて姿勢を正した。
「わ、我が侯爵家は魔法宮への協力を惜しみません! 他に必要な供述がありましたら、いつでもお申し付けください!」
侯爵は自分の身が潔白であると懸命に主張した。
それは会場内の貴族達も同じようで、バルトロメウスと魔法宮の魔術師達に対して一斉にお辞儀をして敬意を表した。
バルトロメウスがアリシアの肩を抱くと、一瞬で三人の魔術師はその場から消えた。
♢ ♢ ♢
「おかえりなさい!!」
魔法宮のリビングに到着すると、いの一番にベルが飛び出して来た。お留守番をしていたベルは三人の帰りを待ちわびたようで、アリシアのスカートに抱き付いた。
「アリシア! けがはない!?」
「うん、大丈夫だよ。みんな元気に戻って来たからね」
アリシアはベルをギュッと抱きしめた。
断罪の全てが終わったのだと実感して、ベルを抱いたまま崩れるように床に座った。
後ろにいるエレンが心配している。
「アリシアさん。大丈夫ですか?」
「うん! バルトロメウス様が防御してくださったから。危うく義妹と乱闘になるところだったよ。私、パンチを出すかキックを出すか迷ったから」
エレンはアリシアの気持ちを気遣って伺ったのだが、思わぬ返事に面食らって笑った。
アリシアはバルトロメウスを見上げた。
「バルトロメウス様。あの人達は……伯爵家はどうなるのですか?」
「裁判の結果次第だが、おそらくガースン子爵とドリス伯爵夫人は極刑だ。殺人魔道具の使用は重罪だからな。スティーブ伯爵については共謀の内容次第だ。何にせよ、重い実刑が下されるだろう」
「義妹のキャロルは? あの子は多分、継母の計画も何も知らなかったと思います」
アリシアは義妹に散々虐げられてきたが、最後のあの崩壊した姿を見て不憫になっていた。子供っぽく意地悪で癇癪持ちだが、アリシアには継母の甘やかしと謀略の被害者にも思えた。
「ああ。短い実刑と罰金が付くが……問題はその後か」
「その後?」
「伯爵家はおそらく奪爵となる。脱税と罰金で財産を失い、あの屋敷も王国に差し押さえられるだろう」
「じゃあ……エアリー家は……」
「解体だ。キャロル・エアリーは平民に戻る」
本当にすべてが終わりなのだと、アリシアは呆然とした。
自分が育った場所も、虐げられた場所も、優しい思い出も、苦しい過去も。
アリシアが無言のまま涙を流したので、ベルが必死に涙を拭った。
「だめ! せんせえ、アリシアいじめないで!」
バルトロメウスに抗議するベルに、アリシアは微笑んだ。
「先生はいじめてないよ。本当の事を教えてもらっただけだから。大丈夫……」
エレンはベルと同じように、抗議の気持ちが篭った目でバルトロメウスを見上げた。
バルトロメウスはアリシアを見つめて佇むだけだった。




