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宮廷魔術師の専属メイド 〜不吉と虐げられた令嬢ですが、なぜか寵愛されています〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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41 伯爵家の罪と罰

 一人で大騒ぎしている義妹のキャロルを無視して、アリシアは証言をした。


「不審死があった室内の全てから、殺人魔道具によって爆散した魔の痕跡を確認しました」


 アリシアは懐から書類を出した。


「さらにはこれまでに押収された魔道具と見られるジュエリーや日用品からも同じ痕跡が見つかっています」


 ガースン子爵は自分が(めと)るはずだった小娘からのまさかの応酬に、歯軋(はぎし)りをして怒鳴った。


「痕跡だと!? そんな物がある訳がない!」


 アリシアは毅然と子爵を睨んだ。


「私は魔力に集まる魔を目視し、祓う力を持っています。貴方に見えなくても、私には見えているんです」


 疑問の声を上げたのはキャロルだった。


「ちょっと待ちなさいよ! あんたに何が見えるって!? ただのメイドの癖に!」


 アリシアは真顔でキャロルを向いた。


「私はメイドであり、同時に魔法宮に仕える宮廷魔術師補佐でもあります」

「は……はあ? あんたが魔法宮に? はあ?」


 その時、バルトロメウスが背後を振り返った。


「無駄だ。この会場からは出られない。エアリー伯爵夫妻よ」


 バルトロメウスの視線の先を、人々は海を割ったように()けた。扉の前には、こっそりと会場を出ようとしていた夫婦の背中が露わになった。


「二名拘束」


 バルトロメウスの言葉に従ってエレンが杖を翳し、継母のドリスと夫のスティーブ伯爵は空中に貼り付けられた。


「キャアア!? 何をなさるんです!!」


 拘束された二人の体は杖に従って前方に浮遊し、ガースン子爵の隣に並べられた。夫のスティーブが蒼白の顔で項垂れるのとは対照的に、継母のドリスは晒し吊りの状態に顔を真っ赤にして吠えた。


「やめて頂戴!! 下ろして!! 私は関係ありません!!」

「お、お母様! お父様!」


 キャロル伯爵令嬢は両親が貼り付けで並んだ状態に狼狽えた。

 ヒステリックなドリスの罵声が響く中で、バルトロメウスは断罪を続けた。


「ドリス・エアリー伯爵夫人、並びにスティーブ・エアリー伯爵。伯爵の前妻であるフローラ・エアリー伯爵夫人を殺害した容疑で逮捕する」

「なっ!?」


 会場は再び大きく騒めき、キャロル令嬢は愕然として婚約者のブライアン令息にしがみついた。

 バルトロメウスはさらに後ろの群集に呼び掛けた。


「オーガスト」


 控えていた文官のオーガスト・アボットが現れた。手に書類を持ち、伯爵夫妻に向かって読み上げた。


「伯爵家の経理を担当する使用人から帳簿の写しと自供を得ています。エアリー伯爵家は投資の失敗を理由に減益を偽り、五年に渡る財産隠しと脱税を認めています」


 継母は「ひゅっ」と息を吸い込んで、顔面を硬直させた。

 会場の貴族達も顔色を悪くして沈黙になった。誰もが脱税の手法に心当たりがあるようで、気まずい空気だ。

 バルトロメウスは継母に告げた。


「経費をケチって使用人を買い叩いたのは悪手だったな。恩義は無いと司法取引に応じてすべて喋ってくれたぞ。隠し財産で購入した物品の一覧もな」


 アリシアはさらに続けた。


「ガースン子爵が扱う殺人魔道具は法外な値段です。隠し財産から髪飾りの魔道具を購入し、私の母フローラ・エアリーに贈りましたね」


 継母はアリシアを睨み下ろした。殺意の(こも)った恐ろしい目を、アリシアは引かずに見据えた。


「さらに代金を値切る為に、当時13歳だった私をガースン子爵に売ったのです。ほんの少額の取引で」


 人でなしの行いに、会場内の冷たい目が継母に集まった。


 アリシアは継母の隣で項垂れている父に目線を移した。

 蒼白になって震えている父は涙目でアリシアを見つめた。


「お父様。何故、私のお母様を殺したのですか」


 アリシアの真っ直ぐな質問に、スティーブ伯爵は止めを刺されたように涙を溢れさせた。


「アリシア……すまない。私は……教団からフローラとの結婚を非難されて……後悔したのだ。亡国の異民族を伯爵家に迎えたことを」


 アリシアは事前にバルトロメウスから、事の経緯を聞いていた。

 モルガナイト王国が教団の手によって滅亡し、家族を失った母フローラは遠い地まで身一つで逃げた。フローラと出張先で出会ったスティーブ伯爵は一目で恋に落ち、エメラルダ王国で安全に身柄を保護するのを条件に求婚したのだ。


「邪教徒として弾圧される危機から逃れるには、エメラルダ王国民になるしかなかった。選択肢のなかった母に求婚しておきながら、後から後悔して殺すだなんて」


 アリシアの憎しみの眼差しに、スティーブ伯爵は号泣した。


「すまない、アリシア! フローラ……! 私が間違っていた。神に(そむ)いた結婚に罰が下されたのだ」


 論点がずれた懺悔に、アリシアは虚しい気持ちになった。

 敬虔(けいけん)な教団の信者である父にとって、すべての善悪は経典に左右されているのだ。

 不浄とされる結婚を激しく糾弾(きゅうだん)した教団は父を精神的に追い込み、その後出会った愛人の継母は、経典に(なら)って「不吉な紫の目」を粛清(しゅくせい)しようと持ちかけたのだ。


「私の本当のお父さまはモルガナイト王国で教団に殺された。貴方と母が出会った時、母はすでに私を身篭っていたんですね」


 スティーブ伯爵は力無く頷いた。

 アリシアはスティーブ伯爵がずっと自分に無関心で、継母に虐げられる生活を見て見ぬふりをしていた理由も、義妹ばかり可愛がる理由にも合点がいった。この人は自分の父親ではなかったのだ。

 悲しみと同時に安堵の気持ちが混ざり、複雑な気持ちでアリシアはスティーブ伯爵を見上げた。屋敷に不在な事が多く接触は少なかったが、家族だと信じてずっと暮らしていたのだ。


 継母はスティーブ伯爵を振り返り、厳しく睨んだ。簡単に懺悔して吐露した弱さを許せないようだった。線が細く控えめなスティーブが継母に支配されていたのが見て取れる関係性だった。


 それを自分に重ねて恐怖に駆られたのか、絶句したまま立ち呆けていたブライアン侯爵令息は突然、自分に(すが)っていた婚約者のキャロル令嬢を突き飛ばした。


「ッキャア!? ブライアン!? 何するのよ!?」

「じょ、冗談じゃない! 犯罪者一家の娘と婚約だなんて!」


 大人しいスティーブ伯爵にどこか似ているブライアン令息は、渾身の力を振り絞って叫んだ。


「キャロル! お前との婚約は破棄する!!」

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