40 招かれざる者達
バークリー侯爵家の広大な敷地には、夜会に招待された貴族達が続々と集まった。ゆうに数百人は収容できるであろう大広間には楽団とご馳走が用意されて、人々は歓談を楽しんだ。
貿易業を営む大富豪である侯爵家の、侯爵令息ブライアンの婚約パーティーが開かれようとしていた。
バークリー侯爵は壇上に立ち、招待客に挨拶をした。
「本日はお集まり頂きましてありがとうございます。まずは我が侯爵家が東大陸への貿易で大きな成果を得られた事を、この場でご報告させて頂きます。これも一重に皆様のご支援のお陰です」
盛大な拍手が起きて、会場は沸いた。東大陸での貿易の成功は貴族全体の今後の景気を煽り、誰もが顔を綻ばせていた。
「そしてもう一つ。バークリー侯爵家の長男であるブライアンの婚約を発表させて頂きます!」
会場は大きく盛り上がって、ブライアン令息は前に出た。
そしてブライアンの隣には、豪華なドレスでしずしずと並ぶ、キャロル・エアリー伯爵令嬢の姿があった。
幼さを残しながらも白い肌に映える赤褐色の瞳は魅惑的で、真っ赤なドレスも鮮烈だった。
歓声が上がる会場の中にはドリス・エアリー……アリシアの継母もおり、派手なドレス姿で娘の晴れ姿を見守っていた。その横には夫であるスティーブ・エアリー伯爵もいる。
「キャロル・エアリー伯爵令嬢とブライアンを引き合わせてくれたのはデズモンド・ガースン子爵です。貿易業で新進気鋭の才を持つガースン子爵は、ビジネスでも我々と協力関係にあります」
デズモンド・ガースン子爵は壇上で侯爵の横に並ぶと、成金じみた上衣や指輪をギラギラとさせながら、会場に作り笑顔を見せた。
爵位は低かろうとも、金儲けの勢いと莫大な財産は貴族の間でも注目されており、誰もがこの両者の関係に肖ろうと熱を上げていた。
そんな貴族達の熱気が、端からスーッと冷めるような現象が起こった。
小さなどよめきから騒めきが大きくなって、会場は妙な空気になっていった。
バークリー侯爵とガースン子爵は熱が引いていく波を凝視した。婚約パーティーには有り得ない、全身黒尽くめの怪しい者達が、列を成して会場に現れたのだ。
自然とその列から人々が距離を置いて、壇上の前に黒尽くめの者達は横一列に三人並んだ。全員が深くフードを被っていて、顔も見えない。
戸惑った空気の中で、キャロル伯爵令嬢だけが笑顔になった。その黒尽くめの服は魔法宮のローブであり、宮廷魔術師のシンボルであると気づいたからだ。
「魔法のサプライズを用意してくれたのね!?」
キャロルが隣のブライアン令息を喜びの顔で見上げたが、ブライアンは何の事だかわからず、謎と笑顔の半々の顔で首を傾げた。
ブライアンは線が細く控えめな青年で、キャロルのミーハーな勢いに押されている。
「だってあの方は、ほら!」
キャロルは左端を指し、同時に指された人物はローブのフードを下ろした。麗しく長い黒髪と、宙色のミステリアスな瞳。冷たく端整な顔が現れた。
「キャア!! 宮廷魔術師バルトロメウス様!!」
キャロルの悲鳴に、会場は「わっ」と盛り上がった。
驚きと喜びが混ざった騒ぎになって、侯爵も子爵も顔を見合わせて盛り上がった。傍観していた継母もまさかの大物の登場に興奮して前列を覗き込んでいる。
一体どんな魔法を見せてくれるのか、どんな挨拶が始まるのかと、騒めきは期待を込めて静まっていった。
バルトロメウスは侯爵に対し、胸に手を当てて敬意を表した。
「このような祝いの場にお邪魔する無礼をお許しください。バークリー侯爵閣下」
丁寧に前置きしつつ、バルトロメウスは顔を上げると冷淡に言い放った。
「ここに魔物がおりますので、討伐に参りました」
ザワッと会場はどよめいた。冗談やサプライズとは思えない言葉に、全員が会場の彼方此方を見渡した。本当に魔物が紛れ込んでいるのかと、身を屈めたり後退りする者もいる。
「え? え?」
キャロルは訳がわからず頭をキョロキョロとさせ、ブライアン令息は蒼白になっていた。立ち尽くすガースン子爵の横で、バークリー侯爵は強張った笑顔で聞き返した。
「い、今、何と仰いました?」
「魔物が三匹おりますので討伐致します」
断言するバルトロメウスの横に並ぶ弟子達はフードを被ったまま沈黙していて、不穏な空気が会場を重く覆った。
ガースン子爵は魔法宮の魔術師達が揃って現れた理由を察したのか、脂汗をかきながら後退しようと、体を揺らした。
「拘束」
バルトロメウスの言葉に従って、弟子の一人が持っている杖を素早くガースン子爵に向けた。と同時に、光の輪が子爵の体を幾重にも拘束し、ガースン子爵はそのまま空中に貼り付けられた。
「ひっ!? 何をする!?」
杖を向けた弟子のフードが落ちて、エーレンフリートが現れた。
「エメラルダ王国法に則り、容疑者の逃亡を拘束で阻止します」
キャロル伯爵令嬢はポカンと口を開けたまま、蜘蛛の巣に囚われた虫のようなガースン子爵を見上げた。
「え? 容疑者??」
バークリー侯爵も令息も断罪を確信して真っ青になり、継母に至っては目眩を起こして夫のスティーブ伯爵にしがみ付いたが、キャロル令嬢だけが一人、豆鉄砲を食らった鳩のようになっていた。
騒めいていた会場はバルトロメウスの一言も逃すまいと、息を飲んで静かになった。
「デズモンド・ガースン子爵。違法魔道具の製造、及び国内流通と他国への輸出。さらに王国内18件の魔道具による殺人容疑で逮捕する」
会場は驚きの声が大きく上がった。嘆きの悲鳴が続けて上がり、子爵の隣にいたバークリー侯爵は大きく飛び退いて、壇上から転げるように降りた。自分は知らない、無関係であると必死にバルトロメウスに首を振って見せた。
ガースン子爵は身動きが取れない状態で激しく踠いた。血管が浮き出て、目を剥き出しながら怒鳴った。
「馬鹿な、デタラメだ! 何を根拠に!!」
「証拠は揃っている。魔道具職人との司法取引により、違法魔道具の製造について数件の自白を得た」
ガースン子爵は「まさか」と声にならず口だけ動かした。
「さらに貿易船から、魔力探知避けの石材に埋め込んだ魔道具も東大陸の港で差し押さえ済みだ」
「はっ?」
「ああ。東大陸とはつい先日、来賓として訪れた外相と犯罪防止条約を結んだ。これまで取り締まれなかった違法な貿易も今後は拿捕と引き渡しが可能になった」
これにはガースン子爵だけでなく、バークリー侯爵も顔を硬直させた。会場の貴族の中にも冷や汗を流す者もいる。
「薬物や野生動物の違法取引、人身売買と犯罪の温床だったからな。だが、俺の管轄は魔法の取締りだ。暗殺目的の魔道具の乱造を許す訳にはいかない」
その言葉に密かに胸を撫で下ろす貴族は多く、エレンは呆れて会場を見回した。違法な手段で大金を稼ぐ者は山といるようだった。
ガースン子爵はバルトロメウスに追い詰められつつも、せめて重罪を避けようとさらに声を上げた。
「わ、私は殺人など犯していない! 一体何を根拠に18件も!?」
「王国内で未解決の不審死の現場から、殺人魔道具を使用した共通の痕跡を突き止めた」
バルトロメウスは横を向いて目配せし、隣の弟子は自分のフードを下ろした。
「このアリシア宮廷魔術師補佐の力によって」
アリシアの顔が露わになってすぐに大声を上げたのは、ガースン子爵ではなかった。
「ア、ア、アリシア!? あんたが何でここにいるの!?」
キャロル伯爵令嬢は令嬢らしからぬ大口を開けて、アリシアを指差した。




