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宮廷魔術師の専属メイド 〜不吉と虐げられた令嬢ですが、なぜか寵愛されています〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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29 神域のお部屋

 アリシアはドレッサーの鏡を、まじまじと覗き込んだ。


 昨晩、ディアナが案内してくれたご褒美の大浴場では、湯番のメイドたちがアリシアを迎えてくれて、髪から体から全部磨いてくれた上に、香油を使って爪先までお手入れをしてくれたのだ。

 まるでお姫様のように全身をピカピカにしてもらって、アリシアの肌艶は未だかつてなく絶好調だった。


「はぁ~、夢みたいなお風呂だったなぁ。メイドなのにこんな贅沢をさせてもらえるなんて、ありがたいなぁ」


 アリシアのメイド服の胸には、昨晩ベルがキャロルから取り戻してくれた、紫の宝石のブローチが輝いている。アリシアは母が応援してくれている気がして元気が湧いてきた。


「よ~し、今日もお仕事頑張っちゃお!」



 朝食が並んだテーブルの席に、バルトロメウスは不在だった。


 昨晩のロマンチックな星空の舞踏会の後で、そしてバルトロメウスへの恋心に気づいてしまった直後に。どんな顔をして会えばいいのか緊張していたアリシアは、肩透かしをくらった。


「バルトロメウス様……朝ご飯食べないのかな?」

「先生は昨晩、莫大な量の魔力を消費しましたからね。きっと今日はずっと寝ていると思いますよ」

「エレン君は眠くないの?」

「僕の攻撃の威力と数に比べたら、先生は(けた)違いですから」


 毎朝、真面目に爆撃魔法の特訓をしているエレンの攻撃力は充分強く見えるが、バルトロメウスにはやはり超人的な破壊力があるのだろう。


 アリシアが神妙な顔でパンをかじると、そのタイミングで、バルトロメウスの部屋のドアが開いた。


 寝起きの乱れた髪と服で、バルトロメウスは欠伸をしながら朝食の席に着いた。


 アリシアは完全に油断していたので、頬張ったパンに咽せた。


「食いしん坊だなぁ。ちゃんとよく噛んで食べなさい」


 わざと上司らしくお叱りするバルトロメウスを、アリシアは涙目で睨んだ。どうしてこうも毎回、変なタイミングで出会ってしまうのか。アリシアは自分の間抜けさが嫌になってしまう。


(せっかくお肌は絶好調で、爪先までピカピカなのに……)


 と考えていると、バルトロメウスはにっこりと笑った。


「アリシア。お肌も爪もピカピカだね。お姫様みたいだ」


 見逃さずに不意打ちで褒めるパターンに、アリシアはまたも嵌った。

 茹で蛸のようになるアリシアを他所に、エレンはバルトロメウスを見上げた。


「先生。魔物討伐の翌朝に起きてくるなんて、珍しいですね」

「うん。寝室に美味しそうな匂いが漂ってきてさ。朝食だけ食べて、また寝ようかと思って」


 バルトロメウスは分厚いハムをナイフで切って、目玉焼きのトロトロした黄身を絡ませて、美味しそうに食べている。

 食を楽しむようになってから、日々いろんな食べ方を試しているようだ。


 そんな様子を盗み見しながら微笑むアリシアに、バルトロメウスはお皿に集中しながら、声を掛けた。


「今日はアリシアに一つ、お願いがあるんだ」

「何でしょう! 何でもお申し付け下さい!」

「うん。俺の寝室の掃除をしてほしいんだよね。ディアナ達が毎日清掃してくれてるけど、今日は魔祓いされたベッドでゆっくり眠りたいな~、と思って」


 アリシアはリビングなどの共用部分だけでなく、エレンとベルの部屋も魔祓いしていたが、バルトロメウスの部屋にはまだ、立ち入った事が無かった。そもそも眠っているか、外出しているかのどちらかなので、無断で入ってはいけない神域のような感覚だった。


「それはもちろん! 是非、お掃除させてください!」

「ありがとう。助かるよ」



 朝食の後の麗かな午前中。

 アリシアはハタキとホウキを装備して、バルトロメウスを見上げて敬礼した。


「それではお部屋に失礼して、魔祓いをさせて頂きます!」


 アリシアは軍隊のような気合を見せて、自分の中に湧いてくる照れを隠した。


「宮廷魔術師補佐殿、頼む。どうぞこちらへ」


 エレンは訓練で庭に出て、ベルはテラスで本を読んでいるので、バルトロメウスの私室に入るアリシアは、二人きりという状況により緊張していた。


 いざ、バルトロメウスの部屋に踏み入ると……。

 予想外の光景がそこにあって、アリシアは思わず声を上げた。


「うわーっ、なんですか、これ!?」

「ん? 俺の部屋だよ」


 バルトロメウスの広い部屋は、書斎と寝室に分かれていた。

 だが書斎には、本、本、本。

 本が積み上がり、本が散らばり、本棚も満杯で……。

 まるで本の巣窟のような、異常な状態だった。

 ディアナ達が毎日掃除しているおかげで埃は無いが、広げたままの本も、栞だらけの本も、そのままの状態で掃除しているのだろうか。


 絶句するアリシアに、バルトロメウスは注意をした。


「あ。本の場所は移動しないでね。開いてる本を閉じたり、栞を無くしたりしないでね。どこまで読んだか分からなくなっちゃうから」

「いやいやいや。一体どういう本の読み方をしてるんですか! 何冊も同時進行で? 大体、立派な書庫があるのに、どうして自室にいっぱい本が……」

「仕事道具だからなぁ。まぁ、つまずいたりぶつけたりしないように歩けば大丈夫だよ」


 アリシアは迷路のようにジグザグと本を避けながら書斎を抜けて、寝室を覗いてみた。


「うわ~、これは酷い」


 キングサイズの豪華なベッドの周りは、高く積まれた本に囲まれていた。せっかく広いベッドは端から本に浸食されて、眠るスペースも狭くなっている。しかも、なぜか床も窓辺も、いたるところ本だらけだ。


「本は書斎で読めばいいじゃないですか。本に埋もれて眠るなんて」

「だって、眠る前に本を読むだろう?」

「いやいやいや、限度がありますって!」


 バルトロメウスの私室に入る寸前まで、ドキドキしていたはずのアリシアの乙女心はどこかへぶっ飛んで、驚きと呆れで唖然としてしまった。

 当の本人はこの状態がおかしいと思ってないようで、平然とした顔をしている。


 アリシアは初めてバルトロメウスに出会った頃を思い出していた。

 ハタキの柄の部分に夢中になるあまり、ふさふさの部分をブッチと引きちぎった、あの時を。


 魔力がありすぎてきっと変人なのだろう、という当初のアリシアの失礼な予想は、そんなに間違っていなかったようだ。

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