27 庭園の観戦
宮廷の夜空には連続する爆発音と、ピカピカと点滅する光が四方八方に飛び交った。
広い庭に飛び出してきた大勢の貴族達は、全員が王宮の方向を振り返り、空を指しながら悲鳴を上げた。
アリシアは激しく息を切らせながら、抱いたベルと一緒にその方向を見上げた。
まるで流れ星が塔から天へと逆流するように空を裂いて、空中に舞う大きな黒い影を爆破させていた。
この距離からは塔の上に誰がいるのか、シルエットもわからない。12本ある塔の左右の全く違う場所から同時に爆撃魔法が放たれて、バルトロメウスとエレンがそれぞれ魔物を討伐しているのがわかる。
「バルトロメウス様、エレン君……」
ドン、ドン、とまるで花火が上がるように、彼方此方で赤い炎が弾けて、黒い影が藻屑のように砕け散っていった。
「せんせえ、エレン、がんばえ!!」
耳元のベルの応援を聞きながら、アリシアも祈った。
周囲にいる大勢の貴族達は異様な興奮に包まれて、空の闘いに釘付けとなっていた。
「見ろ、人間が宙に浮いているぞ!」
「魔術師様、どうかこの王国をお守りください」
「バルトロメウス様に、神のご加護を!!」
口々に祈り、中には芝生に膝をついて空を拝む者もいる。
誰もが恐怖と期待を胸に、この光景を見守るしかなかった。
アリシアは人々の顔を見回しながら、バルトロメウスが宮廷内で、あれほどに恐れられ、敬われる理由が身に染みてわかった。この王国の民は、宮廷魔術師に自らの命を預けているようなものなのだ。
空に放たれる光線の数は減り、群を成していた高知能の魔物達は全滅に追い込まれていった。残る三匹、二匹……そして最後の一匹が爆破されたその時に、庭園は熱狂の渦に包まれた。
「やったぞ、倒した!!」
「ああ! バルトロメウス様、万歳!!」
「宮廷魔術師が勝利した! 王国万歳!!」
興奮と共にあった恐怖が払拭されて、全員が手を広げて空を仰ぎ、抱き合って喜んだ。
静かになった夜空を見上げて、アリシアは腰が抜けたようにゆっくりと芝生に座り込んだ。ベルが笑顔をこちらに向けたので、アリシアも涙と鼻水まみれの顔で微笑んだ。
理不尽だと思っていた夜会の任務には、特別な意味があるのだとアリシアは理解した。人々の祈りと歓喜は宮廷魔術師への敬いとなって、バルトロメウスの地位を絶対的なものにしていた。
それを証明するように、お祭り騒ぎの庭園から離れた場所で、教団と軍の関係者達が苦い顔でこの状況を傍観していた。その中央に立つ、あの冷酷な目をしたゴルドラ教皇は、憎々しい顔で空を見上げていた。
教皇は「ふーっ」と息を吐くと、両手を広げて庭の中央に歩み出た。
「これも全て、神の思し召しです。我々の祈りは空に届きました。神はバルトロメウスをお守りしたのです!」
熱に浮かれていた人々はその演説にさらに盛り上がって、口々に神への感謝を述べながら騒いだ。
アリシアは複雑な気持ちになった。魔術師達の命がけの戦いの手柄を、教団が横から掠め奪ったような気がした。
「アリシア~、おしっこ」
唐突に、抱っこしているベルから予想外の要求が出た。
アリシアは緊張が緩んで、思わず笑ってしまった。
ベルは庭園の端にある茂みを指している。
「ベル君、おトイレまで間に合わないか。じゃあ、あそこに隠れておしっこしちゃお」
アリシアはベルを抱っこしたまま、茂みに忍び込んだ。
貴族達の祝杯の騒ぎは庭園でますます盛り上がって、運ばれる酒を手に乾杯を繰り返している。
その賑やかな景色を眺めながら、アリシアは暗い茂みの中でベルを下ろした。
ベルが地面の上に立った瞬間に、円形の光が現れた。続けて、背の高い人物が突如、アリシアの目前に舞い降りた。暗闇の中のシルエットだけで、アリシアにはそれがバルトロメウスであるとすぐにわかった。
「バルトロメウス様!」
言葉を言い終わらない内にアリシアは肩を抱かれて、ベルと一緒にその茂みの中から、一瞬で消えていた。
「きゃーっ!?」
次の瞬間、アリシアは満天の星空の下にいた。
地上よりも風が吹いていて、眼下にはお祭り騒ぎの宮廷が見渡せた。ライトアップされた青色の屋根の波は夜の海のようで、幻想的な美しさだった。
アリシアは自分の肩を抱いているバルトロメウスの顔を見上げた。
美麗な髪を靡かせながら、いつも通りミステリアスな宙色の瞳で、アリシアを優しく見下ろしている。
アリシアの腰元にはベルがくっついていて、「いひひ」と笑っていた。
「おしっこは、うそだよ~」
ベルのおしっこの催促は自分達を茂みの中に隠すための狂言だったとわかって、アリシアも笑った。
さらに塔の端に丸い光が現れて、お盆を手にしたエレンが瞬間移動して来た。いつもと同じ飄々とした顔で、お盆の上にはシャンパンやジュースが四つ、並んでいた。
バルトロメウスはシャンパングラスを一つ手に取ると、エレンの頭を撫でた。
「我が弟子は、気が利くなぁ」
「だっていつも、先生は任務の後にお酒をご所望するじゃないですか。室内の会場は誰もいなかったので頂戴して来ました」
エレンがアリシアにもお盆を差し出したので、アリシアも戸惑いながらシャンパングラスを手に取った。
ベルとエレンはジュースを持ち、バルトロメウスはそれを見回して、背後にある大きな満月に向かってシャンパングラスを掲げた。
「魔物退治の成功を祝って、乾杯だ」
「「かんぱーい!」」
まるで軽い作業後のような空気に付いて行けず、アリシアは一歩遅れて「か、乾杯……」と声を上げた。
全員がグラスを呷ったので、アリシアも金色のシャンパンを口に含んだ。口内でフルーティな香りと炭酸が弾けて、呑み込むと、頭も体もふわりと宙に浮くようだった。
「勝利の味はどうだ? アリシア」
バルトロメウスがアリシアのふらついた腰を支えながら聞いたので、アリシアは赤面して答えた。
「は、初めてお酒を呑みました……」
「あはは。悪い子だな」
バルトロメウスは自分とアリシアが持っていたグラスをエレンのお盆に戻すと、アリシアの腰を支えたまま右手を取り、満月の方に腕を掲げた。
月明かりでバルトロメウスの姿がよく見える。このポーズはさっき、舞踏の輪で見た形だ。
遠く宮廷の庭で、室内から外へ楽器を持ち出した楽団が音楽を鳴らし始めたので、塔の上にもその音楽が届いた。
バルトロメウスが一歩足を踏み出して、アリシアはそれに釣られるようにステップを踏んだ。右へ、左へ。それから優雅に回転して、また腰を支えて右へ、左へ。
エスコートされながらバルトロメウスと一緒に踊るアリシアは、星空の舞台で自然と笑顔になった。
優雅に、美しく、花のように。
まるで魔法がかかったようで、お姫様にも、妖精にも、何にでもなれる気分だった。
音楽に合わせて様々なポーズを見せるアリシアに、バルトロメウスは宙色の瞳を細めて見入った。
「いいね。勝利の後は可愛い子と踊るに限る。最高のご褒美だ」
ベルから「つぎはぼく~!」とリクエストの声が飛んで来たので、アリシアは踊りながら手を振った。




