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宮廷魔術師の専属メイド 〜不吉と虐げられた令嬢ですが、なぜか寵愛されています〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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25 夜会のはじまり

 今日の魔法宮は朝から忙しい。


 魔物を図鑑で学んだり、お掃除に励んだり、不安や緊張を誤魔化しながら過ごした日々はあっという間に過ぎて、夜会の日がやって来たのだ。


「エレン君、とっても素敵! 似合ってる!」

「ありがとうございます」


 エレンは夜会のために仕立てられた魔術師の衣装とローブを羽織って、立派な杖を手にしていた。小さな貴公子のように、胸で結ばれたリボンが澄ましたエレンの顔を上品に見せていた。

 続いて着替え終わったベルが部屋から出て来て、すぐにアリシアの元に駆け寄った。クルリと一回転して、首を傾げる。


「ぼくは?」

「ベル君もうんと素敵だよ! 格好いいね!」


 ベルは黒で統一されたエレンとは対照的に、真っ白な衣装を身に付けている。まるで輝く天使のような可愛さだ。


「みんな、支度はできたかな?」


 バルトロメウスが自室からマントを羽織りながら出て来たので、アリシアは思わず大袈裟に仰け反ってしまった。

 いつもの宮廷魔術師の衣装はさらにゴージャスな夜会仕様となっており、黒を基調に金や青や赤の細かなビジューを使った飾り罫で上衣が綾取られている。美しく編み込まれた長い髪と大振りな耳飾りで、美麗な顔はますます輝いて見えた。


「アリシア。俺はどうだい?」

「あ、は、はうっ、かか、格好いいです……」


 挙動不審になってしまったアリシアの側にバルトロメウスはやって来て、メイド姿のアリシアの髪の頂点に触れた。いつもと違うのは、そこに大きめなリボンを付けているだけだ。


「アリシアも可愛いよ。このリボン」

「あ、ありがとうございます……」


 初めての夜会という催しと、魔物が出るかもしれないという両方の緊張で硬くなっていたアリシアの体は、途端にふわふわと舞い上がった。



 ♢ ♢ ♢



 エメラルダ王国に星空が広がる頃。

 宮廷には着飾った貴族の人々が集まってきた。

 ここぞと豪華なドレスとジュエリーで盛った女性達が燕尾服姿の男性達にエスコートされて、ダンスパーティーが行われる会場に続々と列を成した。

 開放的な会場は美しい庭園に面しており、人々は星空を眺めながらシャンパングラスを傾けている。


 眩しい光景に緊張がぶり返したアリシアは、ベルの手を引きながら行進するように歩いた。

 先頭を歩くエレンはこういう場に慣れているのか、いつも通りの涼しい顔で来賓客を見回している。


(いや、抜かりのないエレン君の事だから、不審者がいないかチェックしているのかもしれない)


 アリシアはエレンと同じようにキョロキョロと周囲を見回した。そうするうちに頓珍漢(とんちんかん)な方向にはぐれて、「こちらですよ」とエレンが迎えに来てくれた。

 情けない迷子状態にアリシアは苦笑いをした。


「エ、エレン君。私、こういうパーティーに参加するのは初めてで、どこで何をすればいいのかな……」

「あちらにご馳走がありますよ」

「え!? ご馳走?」


 不審者のチェックをしているかと思いきや、エレンはご馳走を探していたようだ。アリシアは拍子抜けした。


「アリシア~、ぼく、ケーキたべたい」

「う、うん! ベル君、ケーキ探そうね」


 どうやら緊張しているのはアリシアだけで、エレンもベルも普通に夜会を楽しんでいるようだ。


 バルトロメウスとは朝から別行動となっていて、夜会の間もダンスに挨拶にと忙しいらしく、アリシア達とは顔を合わせることも無さそうだった。

 そもそもこんなに人が多くては、バルトロメウスが一体どこにいるのかもわからない状態だ。


 エレンに連れられて大きなテーブルの前に辿り着くと、アリシアは緊張が吹っ飛ぶほどのご馳走の山に、「ひゃーっ」と歓声を上げてしまった。慌てて口を塞ぐが、こんな豪華絢爛なご馳走は見た事がない。


 大皿に輝くオードブルに、多種多様な肉料理。カラフルなフルーツとデザート、そして()り取りみどりのカクテルやらワインやら……。

 酒池肉林(しゅちにくりん)とは、この事だ。


「はぁー。さすが夜会のご馳走ですね。高級感があって美味しいです」


 エレンは適当なご馳走の皿を取って食べ始めていた。


「エレン君、すごいね……こんな状況に慣れてるんだね」

「いえ。これまではご馳走に手を出さなかったのですが、最近は食事が楽しくて」


 飄々(ひょうひょう)としながらも美味しそうに食事をするエレンの顔を見たら嬉しくなって、アリシアもお皿を手に、しゃがんでベルの目線に合わせた。


「ベル君、どのケーキを食べる?」

「あのいちばんおっきいやつ!」


 明らかに飾り的な巨大なケーキを指されてアリシアがたじろいでいると、給仕の男性がスマートにケーキを切って渡してくれた。

 ご馳走に翻弄されてテーブルにかじりついている間に、エレンがアリシアの手を引いて会場の真ん中を指した。


「バルトロメウス様がいらっしゃいましたよ」


 アリシアは慌ててベルの手を引きながら人垣を縫って、先を行くエレンの後を付いて行った。

 会場の中央に近づくにつれ、重厚な音楽の響きが大きくなって、まるで歌劇の舞台の中に入り込んだような、非現実的な世界がそこにあった。


 ひときわ眩しいシャンデリアの下では、ドレスを翻し宝石を輝かせて、男女が美しい舞踏を繰り広げていた。誰も彼もが高貴な身なりをして、指先まで淑やかな舞は見事だった。

 アリシアは眩い光と音楽に体が浮かされて、ふわふわと夢心地になった。


「せんせいだ~」


 ベルの声で我に返ったアリシアは、幻想的な舞踏の輪の中に、より一層、優雅なバルトロメウスの存在を見つけた。

 マントと髪を美しく靡かせて、スマートに相手をエスコートしている。その手に支えられて舞うのは、エキゾチックなドレスで着飾った、見目麗しい女性だ。

 周囲の声によると、来賓として王国に滞在している異国のお姫様らしい。

 バルトロメウスの宙色(そらいろ)の瞳は真っ直ぐお姫様を見下ろして、お姫様も熱い眼差しでバルトロメウスを見上げていた。


 周囲から「ほぅ」と感嘆の溜息が漏れて、誰もがお伽噺(とぎばなし)のような光景に魅入っていた。


 アリシアも羨望の眼差しで見惚れていたが、心の底にモヤモヤとした、おかしな気持ちがあるのがわかった。


(あのお姫様が羨ましい。この気持ちは憧れ……いいえ。もしかして、嫉妬……?)


 アリシアは首を振った。高貴なご身分のお姫様にメイドの自分が嫉妬などと、不相応すぎる。


(観客として見ていたはずなのに、いつの間にか自分がバルトロメウス様の相手になりたいだなんて……なんてずうずうしいの)


 アリシアが恥ずかしさで身を縮めていたその時。

 後ろの方から、甲高く甘ったるい大きな声が聞こえてきた。


「きゃーっ! 素敵! あの方が、噂の魔術師様なのね!?」


 音楽に浮かされていたアリシアの体は、急落下するように()てついた。


 突如耳に入ったその声は、忘れたくても忘れられない、聞き慣れた悪夢の声だった。

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