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宮廷魔術師の専属メイド 〜不吉と虐げられた令嬢ですが、なぜか寵愛されています〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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24 化け物たち

 アリシアは自室で、バルトロメウスに借りた本を読んでいる。

 その本は紫の目を持つ少数民族の歴史と文化を解説していた。

 エメラルダ王国とは生活も思想も違う人々が、持って生まれた魔力を使って魔物と対峙(たいじ)しながら、自然と共に暮らす様子が描かれていた。


「紫色の目には濃淡だけじゃなく、民族によって微妙な違いがあるのね」


 アリシアは自分が知る紫色を思い浮かべた。

 宙のように深い紫の瞳を持つバルトロメウスや、青紫の瞳のエレン。淡い紫と水色が混ざったベル。そしてアリシアと母のような、ピンクがかった菫色……。


 それぞれ小国や集落で生活していた人々は、王国の教団によって虐殺された。生き延びて逃れた少数の民は遠い土地に逃げたり、王国に罪人として囚われたようだ。


 アリシアは胸にチクリと痛みを感じて、本を閉じた。


「うん。今日はここまで!」


 バルトロメウスの言う通り、心が追いつく速度で少しずつ歴史を学ぶ方法を実践していた。


「さてと、お夕食の前にお掃除しちゃお」


 明るい笑顔を作って部屋を出ると、リビングのテーブルではエレンとベルが肩を寄せて、広げた本を一緒に読んでいた。


「あら。二人で仲良く読書してるの?」


 アリシアが微笑ましく本を覗くと、そこにはリアルなタッチで描かれた、おぞましい怪物の絵がドアップで載っていた。


「ひえっ!? い、一体何を読んでるの!?」


 エレンはまだしも、幼いベルまでそんなグロテスクなものを見ているので、アリシアは驚いてしまった。

 エレンは怪物の絵から顔を上げた。


「これは実在する魔物の図鑑です。種によって攻撃の方法や被害の内容が違いますので、襲撃前に生態と種類をおさらいする必要があります」


 エレンの隣で、ベルはいつも通りの可愛い顔でアリシアに自慢した。


「ぼく、いっぱいおぼえたよ!」

「そ、そっかあ。偉いな~、ベル君は」


 ベルは得意げに、覚えた魔物の生態を披露した。


「これはねー、ドクがあるんだよ。トゲトゲしたとこがあぶないの。それからねー、これはね、にんげんをいしにしちゃうんだよ」


 可愛いお声の恐ろしい解説にアリシアは白目を剥きそうになったが、平静を装ってベルが指す絵を凝視した。

 ドラゴンのような厳つい巨躯(きょく)の体中に、薔薇のトゲのように逆だった(うろこ)が生えている。大きな口を開けて無数の歯を剥き出す魔物はこちらを睨んでいて、アリシアは夢で見た魔物の顔と重なった。思わず「うっ」と喉が詰まる。


 エレンはアリシアの不安を察知して、冷静な声で説明した。


「どんな攻撃力を持っていても、爆撃魔法で必ず倒しますので問題はありません。念のため、被害が出た場合にベルが治癒を施す必要があるので、覚えてもらっているだけです」


 アリシアは無垢で可愛らしいベルが化け物の勉強をするなんて可哀想な気がしたが、当のベルは慣れているようで平気な顔をしている。

 アリシアは動揺を悟られないように大人ぶった。


「ふ、ふ~ん。私も一緒にお勉強しようかな。宮廷魔術師補佐として、必要な知識だもんね」

「アリシアもいっしょにみよ!」


 ベルが真ん中の椅子を空けてぺんぺんと叩いたので、アリシアはそこにお邪魔して、二人の間に挟まれて図鑑のページを眺めた。


 次のページに現れたのは、目も鼻も無い、口だけの怪物だ。翼も無ければ、手足も無い。まるで獲物を食べるためだけに造形されたような異様な姿に、アリシアは思わず「うへっ、ナメクジみたい!」と声を上げてしまった。

 エレンはその魔物の生態を説明してくれた。


「こいつは高度な知能を持っていて、翼が無いのに空を飛び、爪が無いのに防御壁を破ります。口から巧みに魔力を吐き出して、人間が構築する魔法を破るのです。物理的な攻撃をしない代わりに、あらゆる攻撃魔法を使うので厄介です」


 アリシアは話を聞いただけで、その魔物の手強さに辟易(へきえき)とした。原始的で凶暴なイメージがある魔物だが、実際にはこのような高知能の類も混ざって襲撃して来るのだから、魔物退治は想像を絶する大変な任務だ。


 食事前にグロテスクな物をさんざん鑑賞してゲンナリとしたアリシアだったが、お夕食はいつも通り、美味であった。



 ♢ ♢ ♢



 エレンとベルが就寝した後。

 バルトロメウスにしては珍しく、早い時間に帰ってきた。


「お帰りなさい。バルトロメウス様」

「ただいま、アリシア」


 まだ宮廷魔術師の外面のままなのか、細めた瞳が妖しく煌めいている。アリシアはドキドキする自分を隠すように、バルトロメウスに背を向けた。

 食器棚の元に歩くと、蓋付きの大きな盆を取り出し、アリシアはそれをバルトロメウスが着席したテーブルに運んだ。


「バルトロメウス様に言われた通り、お夕食を魔道具に保管しておきました」

「ありがとう。腹が減ってたから楽しみだよ」


 食事が苦手で、ずっと食卓を避け続けていたバルトロメウスがお腹を空かせている。健全な進歩が嬉しくて、アリシアは微笑んだ。


 取手の付いたドーム型の蓋を開けると、中からスープと肉料理の皿とパンが、芳しい香りと湯気を立てて現れた。

 この盆は食べ物の鮮度と温度を保つことができるそうで、アリシアが知った魔道具の中で一番便利だと感じた物だった。


「ああ、いい匂いだな……」

「本日はキノコとハーブのソース添えステーキと、トマトのスープです。お肉が柔らかくて、とっても美味しいです!」


 まるで自分が調理したかのように、アリシアは自信を持ってお勧めをした。

 バルトロメウスは美しい所作でトマトのスープを(すく)うと、目を瞑ってじっくりと味わった。「ふ」と顔を(ほころ)ばせて、アリシアを見上げた。


「思った通り、ここで食べる食事が一番美味い」

「王宮のお食事の席には、クソボケじじいの顔があるからですか?」


 昨日耳にした悪口を真似てアリシアが返事をすると、バルトロメウスは「ふはっ」と笑った。


「食事は可愛い子の顔を見ながら食べるに限る」


 美麗なウィンクをするバルトロメウスに撃ち抜かれて、アリシアはトマトのように赤面した。自分から冗談を仕掛けたはずが、返り討ちに遭っていた。


 バルトロメウスが帰宅をしたら、あの生贄の逸話や、図鑑で見た魔物の恐怖について話したいと考えていたアリシアだったが、幸せな顔をして食事を楽しむ姿を眺めるだけで、心が満足してしまった。


 穏やかにバルトロメウスと一緒に過ごすこの空間はアリシアにとって、何よりも贅沢な時間だった。

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