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宮廷魔術師の専属メイド 〜不吉と虐げられた令嬢ですが、なぜか寵愛されています〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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23 奇妙な逸話

 バルトロメウスが仕事に出た後、アリシアはエレンと共に、魔法宮の魔道具倉庫にいた。

 宮廷に持ち込まれて没収された物や、違法に流通した物、処分に困って持ち込まれた物など。様々な経緯でここに来て収納されているという。


「危険な物は置いていませんが、くれぐれもお手を触れないでください。思わぬ事故になるので」


 エレンの注意に、アリシアは緊張して頷いた。

 例の染料散布事件によってアリシアは大変な清掃をさせられた上に、指が真っ黒に染まってしまったので、魔道具の恐ろしさは重々わかっていた。


 広い倉庫内には棚がみっちりと作られていて、迷子になりそうなほど通路が沢山ある。パッと見ただけでは一体、何に使われる魔道具なのか、見当もつかない物が沢山あった。


「うわあ……何これ? 禍々(まがまが)しい形だね。殺人マシーンなの?」


 アリシアは(さそり)が腹を向けているような、奇怪な道具を指した。


「そんな危ない物は保管していません。これは痩身(そうしん)の魔道具らしいです」

「えええ? ダイエット用なの? え~?」


 バルトロメウスに頼まれて魔道具に溜まった黒い煤を祓いに来たアリシアだが、どれもこれも奇妙なオブジェなので、好奇心が勝ってなかなか作業に至らなかった。


「ねえエレン君。魔道具って、魔力が無い人でも使えるの?」

「魔道具には二種類あります。一つは、魔力が込められており、普通の人でも使えるもの。二つ目は、魔術師のための物で、魔力が必要な物」


 アリシアは、紅茶を淹れる時に使用した金の釜を思い出した。あれはバルトロメウスが魔力で火を付けたので、後者の種類なのだろう。


 エレンは溜息を吐いた。


「一般人が魔道具を使うと、ロクな事にならない場合が多いです。実際、この宮廷内で起こる無許可の魔法の使用は魔道具が殆どなので。悪戯とか復讐とか泥棒とか」


 アリシアは先日の覗き魔の件を思い出して「なるほど~」と苦笑いした。


「時には殺人に利用される事もありますよ」

「殺人だなんて怖いね……そんな現場に調査に行きたくないな」

「魔道具を使った殺人は即死罪なので、滅多にないですけどね」


 アリシアはハタキとホウキを使って、倉庫の端から魔を祓って行った。

 魔道具によって汚れの度合いが違うのは、その道具の特性によるものなのだろうか、と考えながら黙々と掃除をこなしていると、半分終わったところでエレンが止めた。


「アリシアさん、休憩しましょう。疲れたでしょう?」

「うん? 全然疲れてないよ。スッキリするし、楽しいよ?」

「え? 普通は魔力を使い続けると、疲れるものなのですが……」

「魔力っていうか、私にとっては普通の掃除と同じ感覚だから」


 エレンが怪訝な顔でこちらを見上げているので、アリシアはなんだか恥ずかしくなって、掃除道具を置いた。


「でも確かに、ちょっと手が疲れたかも。休憩しよっかな」


 アリシアが近くにある梯子に適当に腰をかけている間、エレンは魔道具のチェックをしている。

 アリシアは先程の夜会についての会議で、どうしても腑に落ちなかった点を、エレンに聞いてみた。


「ねぇエレン君。宮廷の貴族達は、ちょっと勝手じゃない? バルトロメウス様に魔物の退治を全部任せた上で、夜会にまで参加しろだなんて」

「まあ宮廷には、変な習慣や理不尽なルールが沢山ありますからね」


 エレンの大人びた割り切りに、アリシアはますます納得がいかなかった。


「だってバルトロメウス様がダンスを踊っている最中に魔物が来て、退治が遅れたらどうするの?」


 エレンは魔道具から顔を上げて、アリシアをまっすぐに見た。


「先生がそんなミスを冒すわけがありません」

「そ、そうかなぁ」

「アリシアさんは、先生からどこまでお話を聞きましたか?」

「えっと、どこまでって?」

「紫の目についてです。先生に尋ねて、詳しく教えてもらったのでしょう?」

「ど、どうしてわかるの?」

「アリシアさんが書庫の本を持っているのを見たので。先生にお借りしたのかと思って」


 アリシアはエレンの細かな洞察力に驚かされた。


「うん……生贄の話を聞いて、本当にショックで……でも、自分のご先祖様や同胞の悲しい歴史ならば、私には知る義務があるなって」

「その生贄の慣習がこの王国から無くなった理由を、ご存知ですか?」


 アリシアは言われてみれば、現在では行われていない生贄の慣習が廃止された理由と経緯を知らなかった。


「生贄の儀式は10年前まで、この王国で定期的に行われていました」

「たった10年前? そんなに最近まで……」

「はい。当時は国王軍が砲弾によって魔物を退治するのが一般的な討伐方法でしたが、命中率が低く建物を損壊する欠点がありました。それを補うために、魔力を持った子供達を生贄として捧げ、魔物が夢中で捕食している間に砲弾で確実に頭を狙ったのです」


 アリシアはあまりに残酷な方法に、思わず手で自分の口を塞いだ。だが自ら「知る義務がある」と言ったからには、弱音を吐かずに毅然と頷いて話を促した。

 エレンはアリシアの反応を確かめながら、冷静に話を続けた。


「しかしある時……いつも通りの儀式の最中に、生贄の子供が手足を縛られた状態で、自分を(かじ)ろうとした魔物の頭を爆発させたのです」

「え?どういうこと?」

「アリシアさんと同じように、その現場を目撃した人達も訳が分かりませんでした。なので、次の日もその子供は生贄として魔物に捧げられました。すると、また魔物の頭が爆発したのです。次の日も、また次の日も」


 アリシアは謎の連続爆発事件に息を飲んだ。


「国王はこの生贄の子供には神の加護があると認め、宮廷魔術師の名と魔物討伐の命を与えました。それがこのエメラルダ王国が始まって以来、初の宮廷魔術師、バルトロメウス様の誕生の経緯です。以降、魔物は全て先生によって討伐され、子供を生贄にする慣習は完全に終わったのです」


 アリシアは驚きすぎて、ガタガタと音を立てて梯子から三段ほど落ちて、尻餅をついた。


「て、手足を縛られているのに、どうやって魔物の頭を爆発させたの!?」

「そんな離れ技は、魔力を持った者でも滅多にできるものではありません。バルトロメウス様の魔術師としての異常な強さが分かる逸話です」


 唖然としたままのアリシアに、エレンは教師のようにダメ押しをした。


「これで先生が夜会で、ダンスを踊ろうが討伐に失敗などしないという理由がわかりましたか?」

「わ、分かりました……」


 バルトロメウスが只者ではないというのは、存在感の強さと迫力を肌で感じていたが、奇妙な逸話は想定以上の超人ぶりを表していた。

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